旅立ち
気の良いお兄さんポジションのアレクが騎士団に入団するため王都に旅立ったのは少し前の事。
ある日突然、屋敷を出て王都の騎士団に入ると言い出したアレクには驚いた。
やっぱり騎士に憧れがあったのかしら、男の子だものね。
アレクは旅立つ前日、わざわざうちを訪ねてきた。
玄関の前に跪いて私の両手をそっと握りしめた彼は、いつになく真剣な瞳で私に言った。
「いつか必ず帰ってきます。騎士になり、自分の爵位を持ち、君を守れるようになるから。だからそれまで待っていてほしい。これを私だと思って持っていて」
渡されたのは一枚の白いハンカチ。綺麗な模様が刺しゅうされていて結構高価なものだと分かる。
「うん、アレク・・・さみしいけど、いってらっしゃい」
陰ながらあなたの夢を応援しているわと思っていたら、握られた手にちゅっとキスをされた。十三歳の少年とは思えないナチュラルなキスに驚く。
「きっと、待っていてね。リーナ」
わずかに濡れた瞳がきらきらと輝いていて、思わず鼻血が出るかと思った。
そして彼は、街を出て行った。
「いいのか、リーナ」
「お父さん」
「寂しいだろう」
「うん。でも・・アレクを応援するの」
「いや、そうじゃなくてな・・・いや、ああ、まあいいか」
「それより見て、とってもキレイなの」
父に刺繍を見せたら、ぶほっといきなりむせちゃった。大丈夫かしら?
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。汚すといけないから、普段はどこかへ閉まっておきなさい」
「わかった」
綺麗な蝶々と緑の小鳥の刺繍。繊細で優しくて綺麗。
「あとな、返したくなったら飛脚を使ってもいいからアレクに返しなさい」
「ひきゃく? なんで?」
「んんっ、いや、さあ中へ入りなさい」
「うん」
この時の私はまだまだ無知で、この刺繍の意味が“わたしの愛しい人”という意味を持つもだと知らなかった。
蝶々と小鳥の刺繍入りのリボンやハンカチ、スカーフが手紙とともに定期的に送られてくるようになるのはそれから数か月後のことだった。
アレクのいない日々は少し退屈だった。一番年の近いアレクは私にとって兄のようであり友人だったのだ。
ベルノーラ家の人たちは変わらず親切にしてくれる。勉強も礼儀作法もある程度できるようなったころ、私はベルノーラ家が経営する商店に連れて行ってもらった。
「よろしいですか、リーナさん。今後はこちらへ使いを頼むことも有りますので道をよく覚えるように」
「はい、ワイズさん」
ワイズさんと手をつないで店の中に入ると、綺麗なブロンドの髪のお姉さんがあわてた様子でやってきた。
「ワイズ様、お待たせいたしました」
「セシリアさん、ご無沙汰しております」
「いらっしゃいませ、ワイズ様。それに、リーナ様ですね。お話は伺っております。私はこの店舗を任されております、店長のセシリアです」
セシリアさんはそれはもう完璧な淑女の礼をとってくれた。これは良い見本になりそうだ。
「はじめまして、セシリアさま。リーナです」
私も負けじと礼を返すと、なぜかうっとりとした目で見つめられてしまった。よせよ、照れるじゃないか。
「噂には聞いておりましたが、なんて愛らしいのかしら」
「これよりは、リーナさんもお使いとしてやってくることでしょうから、お二人とも、仲よくしてくださいね」
ワイズさんにそう締めくくられ、私は勢いよくうなずいた。
「セシリアさま、よろしくおねがいします」
「はうっ、もちろんです! ああん、なんて可愛いっ!」
あれ、大丈夫かなこの人・・・・・




