思わず、怖って叫びそうになった。
連れてこられた場所には、まるで自分が主だと言わんばかりの余裕の笑みを浮かべる大旦那さま。そしてどこか疲れた様子の国王夫妻。なんだか入りたくない雰囲気だ。
しずしずと進み、カーテシーでご挨拶。これ本当に足腰辛いのよね。
「良い、楽にせよ。怪我をしたのか? どうした、ベルノーラの娘よ」
「ごきげんよう、陛下方。ご安心なさいませ、こちらはわたくしの血ではありませんわ」
私のワンピースドレスについたのは、アンの血だ。
「では、誰の血だ。薬を使ったと聞くが」
王妃がわずかに身を乗り出して早口に問う。今日のドレスはワインレッドで、むしろ王妃の方が印象的な色合いなんだけど。
「詮無い事ですわ」
そのワインレッド。なんの染料ですか。まさか拷問した敵の血とか言いませんよね。この王妃、絶対鞭とか細身の剣が似合うと思うんだよね。あと、縄。
勝手なイメージだから言葉にしたら怒られそうだけど。
「大旦那さま、ごきげんよう」
「やあリーナ。大丈夫だとは思っていたが、君らしくない失態だね?」
「いやですわ。そんなことを言いながら、お迎えに来てくださったのでしょう?」
うふふ、あははと笑いあう。国王が呆れているが気にしない。
「うちの奥さんが君が帰ってこないことを心配しているんだ。そろそろ帰ろうか」
「今年も星まつりに間に合いませんでしたわね」
「一緒に怒られてあげるよ」
いや、あなたのせいですがな。
「ところで、一人、二人・・・追加で連れて帰りたい方がいますの。いいかしら?」
「ネッドに嫉妬されて殺されちゃっても良いなら止めないけど」
いくらネッドでも殺しはしないだろう。多分ね。とりあえずアンを安全な場所に連れて行かないと。どうやって説得するべきか。
「まあ、おほほ。ネッドは良い子ですよ」
「・・・ああ陛下、申し訳ございません。それで、こちらが請求書です。もちろんご用意いただけていると思うのですが。本日中にお支払いいただけますなら、特典として、城の清掃を承りましょう」
国王が書類を見て目を見開いている。そうだろう、驚くだろう。
私でもドン引きの買い物だったよ。いいお客さんだ。さあお金を払え。
「まず、その請求書を見せよ」
なんか目が怖いよ、王妃・・・
「お支払いいただくのは、どなた様でも構いません」
王妃が冷静な顔で書類を受け取った数秒後。
「縛り首にしてしまえ!!!」
思わず、怖って叫びそうになった。
どこからそんな声が出るのよ。びっくりした。
「落ち着くのだ、妃よ」
「これが落ち着いていられるものか! なんだこのぼったくりは!」
そうだよね。特急料金かなりふんだくったからね。これがまとめての発注ならば、もう少し値段も抑えられただろう。
しかし王太子妃は都度発注という形にしてしまった。おかげでこっちは気分がいい。
「お言葉ですが、当方はきちんと説明したうえで受注いたしました。品物を受け取っての支払い拒否は、認められません」
淡々と伝えれば、王妃が射殺さんばかりの目で私を睨んだ。
「王太子妃と王太子をこれへ! ここで打ち首にしてやる! レイピアを寄こせ、私が自ら殺してやる!」
あ、縛り首ってそっちか。わたしたちのことかと思った。ちょっとホッとした。
「妃よ、落ち着け。いくらなんでもならぬ」
「ええいっ! 何をしておるかっ、レイピアがなければ縄を持て! 城門に首をさらしてやる!」
やっぱり縄なのか。
「王妃陛下。誰を殺そうとかまいませんが、お支払いいただきますわ」
「いや構え。何を言っておるのか、そなたも!」
国王が一番慌てているのが面白いなとぼんやり見やる。ちょっとお腹すいてきた。
「王妃陛下には縄も似合うと思います」
「私もそう思うぞ! しかし違う、今はそんなことではない」
思ってるのか、この人。隣の奥さんが白けた目を向けてるけどいいのかな。
「今あやつらを殺されては困るのだ!」
今、ということは今じゃないならいいのかな。なんとなくこの先の流れが見えてきた。
「しかし・・・わたくしどもは、お支払いいただければそれでいいので・・・うーん。では陛下。代わりにお支払いいただけますか。または」
または、次の王に払ってもらってもいい。
「ちなみにローンは受け付けておりません。一括でお支払いいただきますわ」
「・・・支払方法に指定はあるのか」
少し落ち着いたらしい王妃が、ギラギラした瞳のまま低く呟く。
ちらりと大旦那さまを見上げると、わずかに目を細めて笑った。ちょっとどころではない悪い顔をしている。
「私どもは爵位など求めておりませんが・・・そうですね。それでしたら、辺境にもう少し人員をいただけますか。また、現在スタンピードが起こりやすい現象について研究を重ねております。そちらもお手伝いいただけるのであれば、多少お安くさせていただきます」
こちらを、ともう一枚の請求と契約書を提示した大旦那さま。
その話、聞いてないんだけど?
「また、王都救済を急いでいただきたい。私どもも安心して商売ができませぬゆえ」
悪魔が人の顔をしたらこんな顔なんだろうなと、大旦那さまを見つめる。
うちのお金を使わずに王都を救済するつもりなんだ。
でもうちはすでに結構な額を支払っている。その分は取り戻せるだろうか。
国王夫妻は悔しそうにぐぬぬって唸ると、顔を見合わせて同時に頷いた。




