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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
284/320

怒心頭 side黒服(王都担当)

 急遽追加で呼び出されたのは大聖堂だった。おじょーさんが現在避難しているはずの場所だ。ベルノーラから追加で派遣された先輩が場所を離れたため、俺が護衛として派遣されたのだ。

 上を見上げる人間は存外少ないので、わずかに開けてもらっていた侵入口から中に入り込むと、放射線状に広がる奥の祭壇のすぐそばに、おじょーさんが居た。

 何かを抱えてじっとしている。

 よく見ると人の手のようなものが見えるから、あれはきっと昨夜鞭うたれたメイドだろう。

 たしか、おじょーさんへの差し入れを済ませた直後、運悪く王太子妃に見つかってしまったのだ。何をしているのか問われた彼女は口をつぐんだが、その眼は雄弁だった。

 明らかに気に入らない相手を前にした生意気な目は、王太子妃の逆鱗に触れ、その場で頬を張り倒された。一度、二度、三度と続き、その後再度質問されたが、メイドは絶対に口を開かなかった。

 メイドにとって王太子妃は逆らえる存在じゃない。もし生意気な態度をとれば、下級貴族の彼女の命はおろか、家族の身すら危険にさらすだろう。

 それでも口を閉じ、ついには護衛に命じて鞭を十回。

 背中を丸めて耐える姿は多くの使用人に見られた。十一回目でよろけたところ、頭部に鞭が直撃した。十二回目で、通報を受けた騎士たちが駆け付け、彼女は尋問するという名目で場所を離された。

 王太子妃は生意気なメイドにきちんと反省させろ、実家はどこだ取りつぶしてやるとわめいていたが、まわりの使用人たちの表情は硬かった。

誰もが思ったことだろう。この国はもうだめだと。

 騎士は尋問などせず、すぐに治療を施したがあまりにも傷が多いため、高額な薬を使うよう侍医に伝えた。しかし王族の許可なく使用できないため、なくなく彼らは諦めた。

 ボロボロになったメイドをみて、一人の騎士が言った。

「明日を取り戻しましょう」

 それは合図だった。俺は報告のためにベルノーラの支店に走り、すぐに人員を確保するために奔走することになった。

 つまりだ、昨夜からとっても頑張っている俺は休憩すら取っていないのだ。

 腹は減っているし、頑張りすぎてだるいし、いきなり持ち場を変わるように言われてイライラしていたのにもかかわらず。

 俺は気付けばおじょーさんの傍に跪いていた。

「誰がやったの」

 淡々とした声だ。いつもと変わらない澄んだ声だ。でも騙されちゃいけない。

 首の後ろがゾクゾクする声だ。

「お前、知っている?」

 振り向きもせず俺に問うと、答えがあることが当然というように女の頭をそっと撫でるおじょーさん。

 ネッド、今だけでいいから助けて!

「・・・王太子妃の仕業です。おじょーさんのことを聞き出そうとして執拗に鞭をふるわせました。その女は最後まで喋らなかった」

 ただの八つ当たりにしてはやりすぎだった。俺が見てもなんだこれって思うほど、無茶苦茶な理由で怒っている。王城ならば職務上話せない業務なんていくらでもある。いくら王太子妃とはいえ、まだ王妃でもないのだ。与えられている権限などそうあるものではない。それなのにあの女は自分が王妃のように振舞っているのだ。なんて浅はかだろうか。

「高級な治療は王族の許可がないと出来ないって侍医が言っていました。たしかに高級品は特殊な鍵付きのボックスに入っているので、嘘じゃないと思います」

「用意できる?」

「時間が経った傷に有用かは、わかりませんけど。うちなら用意できます。高いですよ?」

「薬代に糸目をつけるほどケチじゃないわ。急いで」

「鳥を飛ばします」

 胸元から鳥型のアイテムを取り出して、急ぎで薬を寄こすように伝える色の紙を挟み飛ばす。どんな造りかは知らんし、伝えられるのは五センチ四方の紙一枚なので、ベルノーラでは色に意味を持たせている。いちいち書いちゃいられないからな。

 紫は瀕死のため薬求って意味だ。俺たち黒をまとうものは滅多に使わないけど、護衛対象のために持たされている。俺たちの場合、死ぬのが当然だから自分のために使うことはない。

「すぐに届きます」

「そう」

 たった一言なのにゾッとするほど冷たい声だ。ひぃっ、おっかない。

「ご苦労さま。お前、見ない顔ね?」

 俺の顔なんて見てないでしょ! 背中に目でもついてんの!?

「普段は、王都周辺でいろいろやってます。時々屋敷の警護に戻ることもあるんで、おじょーさんの顔は知ってます」

「そうなの」

 ふぅん、なんて興味のなさそうな顔でそっと俺に振り向く女。

 誰だよ、いたいけな少女とか嘘ついたやつ。でてこい。こんなの奥様がぶち切れて鞭をふるう時より怖いんですけど!

 悲鳴をあげそうな自分を必死に抑え込んで、真正面から見つめ合う。

「鞭をふるったのは、だあれ?」

「王太子妃付きの護衛です」

「そう。その子、とりあえずあとで会いたいわ」

「あー・・・はい。伝えます・・・たぶん、殺さないとは思うんですけど、状況次第っすよ?」

「わたし、会いたいと言ったの」

「はぁ・・・・い。なんとかします」

 もうやだこの人。貴族より怖い。なんでこんなに命令しなれてんの。ネッド普段どうやってんの?

 薬が届くまで俺は、とにかく息を殺してこの女の傍で跪いていた。


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