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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
283/320

星祭りまで後二日

 早朝は一番寒い時間だ。だからきっと、時間帯はそのくらい。

 地下牢はだいぶ深い場所にあるため、怒号もほとんど聞こえなかった。それでも駆け下りてくる重たい足音は気付いたし、見られては困る小物類はとっさに隠した。

 綺麗な毛布の上に薄汚れた毛布を重ねてかぶり、慎重に気配を探る。夕飯が終わる時間からは明かりすらもらえない暗闇の世界。普段は人の気配がするまではベルノーラ商会からの差し入れである小さなマッチを数本使って夜を過ごしていた。しかし今は音だけが頼りだ。

 手探りでマッチや香水を服の中に隠し持ち、慎重に靴を履く。かかとで指を挟んだせいでちょっと痛い。

「いたぞ! 女の子だ!」

 無骨な声が響き、それに続くように返答する声が響いた。

「無事か! メイドがここだって教えてくれたんだ!」

 アンのことだろうか、松明を掲げた無精ひげの男は、よれよれになった騎士服を着ていた。いったい今までどこに潜伏していたのか、所々泥がついている。

「我々は騎士団のものだ。すまんな、昨日まで森に潜伏していた」

 森で対応していた騎士らしい。鬼ごっこをしていた人たちだろう。

「遅くなってすまなかった、怖かったろう。さあ、ここから出よう」

 騎士は後から来た他の騎士に斧で牢の扉を壊させ、私に大きな手を伸ばしてきた。ささくれだった、お世辞にも綺麗とは言えない手だ。剣だこがたくさんつぶれた痕。

さてどうしたものか、しかし悩んだのは一瞬。相手の真剣な瞳に嘘がない気がして手を伸ばした。

 汗と泥にまみれた騎士は、それでも私を抱き上げてほっとしたように笑った。

「もう大丈夫だぞ」

 松明を他の騎士にあずけ、男は私を安定させるように抱きかかえると動き出した。

「上は少々騒がしいが、君の安全は我々がこの命をもって保証する」

 近くで見ると薄いオレンジの瞳だった。綺麗なマデイラシトリン。十一月の誕生石の色だ。全体的に薄汚れているのに、その瞳だけが輝いていて、なんだが不思議な人だった。髪はボサボサだし、髭もしばらく剃った様子がない。

 しかし皺の数や肌の張りを見てみると、もしかして結構若いのかもしれない。

「王宮内にも神殿があるのは知っているか?」

 獣のようにするすると進む男がふいに問うてきたので、思わず首を横に振る。

「そこには今、今回の件にかかわらなかったメイドや職人たち、それから神官を閉じ込めている。間違っても攻撃しないようにね。侍医もそこにいるから、君はとりあえずそこに居てくれ。すべてが終わったら呼びに行くから手当てを」

 手当てが必要なのは明らかにあなたのほうだと言いたいが、確かに今まで地下牢に入っていたならば手当てが必要だと判断されるのも仕方のない事だろう。

 なるべく危ないところには近付きたくないのでちょうどいい。

 頷くと、まるで安心させるように頭を撫でる男に呆れてしまう。

 わたしよりも、あなたたちの方が疲れているじゃないか。

「今日中に全部終わらせるんだ」

 低く唸るように呟いた男の顔は、何か壮絶な決意を秘めているようで、思わず頬に手を伸ばした。

「全て良いように進むわ。大丈夫よ」

「・・・君は、今まで牢屋にいたとは思えない吞気さだな」

 どこかおかしそうに笑いだすと、いい感じに体の力が抜けたようだ。

「私は騎士として国に忠誠を誓っている。だが近衛騎士達が守るのは王族だ。生き残れる保証はないさ。知ってるか? あいつら化け物並みに強いんだぞ」

 もしかして前に私の髪を切り落とした連中かしら?

「近衛だというのであれば、真の王を守るでしょう。でも、だから諦めるの?」

「いいや、諦めないね。我々にだって意地がある。これ以上民をこの手で焼いてたまるか」

 もしかしたら以前スラムを焼いた一人なのかもしれない。

「そっか」

 どの道を通ったのか、目の前で見ていてもよくわからないほど入り組んでいた。一度外に出て、そろそろ日が昇る時間帯だと確信したが、その後すぐに別の建物に入った。

 人数はこの男を含めて四人。バタバタと大きな音を立てているのに誰ともすれ違わない。

「いいか、ここで大人しくしているんだぞ。後で迎えに来るからな」

 椅子やテーブル、どこかの扉で作られたバリケードの奥。アンがいつも身に着けていたメイド服姿の数人の女性たちが心配そうにこちらを覗いている。

「いくの?」

「ああ。我々は、我々のできることをしなくちゃいけないんだ」

 男はまるで壊れ物を扱うかのようにそっとわたしを下ろすと、オレンジの瞳を細めて頭を撫でた。

「ここなら安全だから、安心しろ」

 まるでこれから死に行くような覚悟を決めた顔。

 そういうのは困るな。わたしは平和主義者なのだ。これ以上の犠牲を出してたまるか。

「ねえ、お兄さん」

「悪いが急いでる」

「うちの子を貸してあげるわ」

「・・・・・・は?」

 わたしがすっと右手を上げると、黒服が一人振ってきた。1でも、2でも、3でもない。もちろんネッドでもない。大旦那さまが追加で用意してくれたらしい。

「彼らについて行って。ここで少し休むから、あとで迎えに来て」

「離れるなと厳命されているのですが」

「なあに。こんな簡単なおつかいもできないの? 困ったこねえ」

 見上げると、わずかに目を細めて、それから嫌そうな顔で頷いた。

「ネッドは甘やかせすぎじゃないのか」

「聞こえているわよ。いいから早く彼らのサポートに回りなさい。愚鈍な王族ごときに殺されるのは惜しいわ」

「承知」

 しょうちの、ちのとき。まさか舌打ちじゃないわよねって勢いだったんだけど、こいつ態度悪すぎじゃない?

「終わったらボーナス出すから頑張りなさい」

「王都の娼館貸し切りでお願いします」

「・・・わかったわ」

 ぼったくりも良いところだが、娼館のランク指定しなかっただけマシだろうか。

 男たちが呆然とするなか、わたしはバリケードをひょいひょいと避けて中に侵入し、メイドたちが安心したような表情で私を掴むと、どんどん奥に案内された。

 そこには、顔をこれでもかと腫らしたアンが横たわっていた。


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