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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
282/320

ちょっとした誤算

 地下牢に入れられて八日。アン・パーマシーと名乗るメイドが毎日数回はやってきて食事や水浴びの手伝いをしてくれるのは大変助かっている。

 桶いっぱいにいれたお湯を運ぶのは大変だろうに、顔を真っ赤にしながらえっちらおっちら運んでくれる。それにタオルを浸し、格子越しに渡してくれるのだ。なかなか頑張る人のようだ。頭も洗うかと言われたが、それはさすがに断った。この寒さだ。中途半端に洗うと風邪をひいてしまうだろう。

 しかし彼女、予期せぬタイミングでやってくるため黒服たちも難儀しているらしい。

「ちょっと、あの子なんとかならないかしら? 良い子なんだけど」

「うーん。ちょいっと困りましたね。ああそうだ、そんなことより大旦那様が超特急で向かってきてますよ。この様子だと明日の夜には王都に入れるかと」

「随分と無茶をしているのね?」

「金に糸目をつけず、馬も護衛も馬鹿みたいに消耗して走ってますわ」

「さすがねえ」

「しょうがないっすよ。もう星祭りまで時間がない。このふざけた状況はあと数日で打開しないとうちの沽券に関わりますって」

 商人も大変ねえって呟けば、あんたが言うなと言われた。もういやね。わたしは妹のために趣味の範囲で稼いでいるだけよ。

「でもよく冒険者たちがそこまで協力してくれたわね」

「もともとベルノーラ商会はおかかえが何人もいますからね。俺らだってそうだし」

 もうどっちが本業かわからないくせに。

「あの森をそんなに短期間で超えるなんて、正気の沙汰じゃないわね」

「・・・森の各地に配置しておいたらしいっす。たしかに、正気じゃねえ」

 くっと笑う黒服1。最近3を見ないわね。

「他の連中はネッドの指揮のもと、王都で暗躍してまっす。大旦那様に恥をかかせるわけにゃ、いかんのでね」

「ふうん。ネッドともしばらく会ってないわね。元気かしら?」

「え? 毎晩来てるはずですけど?」

「え?」

「え?」

 いや、この牢屋に入って一度も来ていないけど? まさか前みたいに天井に張り付いているのかしら。やっぱりヤモリね。

「まあ、細かいことは良いわ。それで、王都民の救助はどうなっているの?」

「総一郎が神殿と協力して頑張ってるっす」

 なら良かった。少しでも被害を減らせるといいけど。

「もうじきここも出られるから、お嬢さんは安心して待っていてほしいっす」

「はいはい、信じて待っているわ」

 にやりと笑って黒服はどこかへ行ってしまった。

 アンが食事を運ぶようになってからは、彼女が持ってきたものには口をつけず、黒服が届けたものと入れ替えて食べている。万が一毒が入っている可能性があるから食べるなと黒服に言われたのだ。アンも忙しいらしく、何度も来るが、湯あみの時以外はほんの二、三分で戻ってしまう。

 それにしてもいい加減香辛料たっぷりの辛いスープや、肉汁あふれるステーキが食べたいんだけど、そろそろ出られないかしら?

「リーナちゃん! きょうは王太子妃用のケーキもらってきちゃった!」

「アンおねえさま、ごきげんよう」

「あとで食べて! それにしても今日はいちだんと冷えるわね。寒くない?」

「ええ。おねえさまのほうが寒そうだわ。こちらを使って」

「だめよ! 私は寒いの平気だから。あなたが体を壊す方が怖いわ」

 悪い人ではないのだ。むしろイイヒトすぎる。

「じゃあ、せめて一緒にお茶をしてくださる?」

 まだ暖かい紅茶を差し出してくれた彼女に礼を言いながら告げれば、ぱあっと花が咲くように笑った。

「やった! ちょっと期待してたの!」

 素直な人だ。これも美徳だろう。

「そうそうきいて。王太子妃ったら、最近ほんっとに機嫌が悪いのよ。今朝も王太子と大喧嘩しててね。なんでも新しいのが欲しいのに全然届かないって喚いていたらしいわ。頼んでいたドレスの最終調整もできてないから、星祭りに間に合わないって」

 うちのドレスですね。わかります。だってわたしがここに居るからみんな仕事しないし。

 最終調整は城のお針子たちでもできるようになっているが、王太子妃が拒否しているのだろう。人も物も、最高のもの以外認めないのだ。この城のお針子たちのほうが生まれの身分は高いのに、ブランドだけに惹かれているのがなんとも言えない。

「みなさま、お怪我はなかったのかしら?」

「それがね、運悪く近くにいた女官が怪我をしたらしいの。可哀想よね。王太子妃が持っていたティーカップが顔に当たったんですって」

 それは狙って投げたのでは・・・?

「中身はほとんどなかったんだけど、ちょっと火傷もしたって。筆頭侍医が怒っていたわ。身分ある者が女の顔に傷をつけるなんて最低だって」

 そんな話まで教えてくれるアンには感謝だ。とりあえず怪我をした女官は実家に下がることになったらしい。相手先を調べてベルノーラ商会からお見舞いの花と、火傷に効く塗り薬を届けよう。

「アンおねえさまは大丈夫なの?」

「ええ、今のところは。そうだ、王太子妃は食べ物だって我儘なのよ! これだって本当は今日食べたいって言うから無理に作ってもらったのに、突然これじゃない。とか言い出すの。だから捨てる前に貰っちゃったわ」

「アンおねえさまは、しっかりとなさっているのね」

「ふふん。任せてちょうだい。だてに何年も働いていないわ!」

 調子の良い彼女を見ていると少し楽しい。これは誤算だった。

 箱入りで正義感の強い女の子に少し協力してもらうつもりだったのに、この時間を嫌ではないと思うようになっているわたしがいるなんて。

「あ、いけない! シーツを取り込まなくちゃ!」

「また下女の方がいなくなったの?」

「夜逃げよ。今月これでもう四人目! じゃあリーナちゃん、またね!」

 来るときも帰る時でも騒がしい彼女を見送り、黒服を呼んでみる。

「いますか?」

「はい」

 珍しく黒服3が下りてきた。

「ちょっと目立ち始めている気がするの。アンを見守ってくれる?」

「気がするどころか、かなり目立ってますよ。あの人、あなたが地下牢でひどい目にあっていることを城中に吹聴してます。王族の影が見張っているようですね」

「そう・・・困ったわね」

「気に入ったんですか?」

「ええ、可愛いじゃない」

「・・・・ネッドといい、変なの好きですよね」

 なぜかドン引きされたが、とりあえず彼女の監視を依頼した。

 星祭りまであとわずか。最悪の事態にならないように気を引き締めなくてはいけない。


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