アン・パーマシー sideアン
子爵家次女の私は、器量があまり良くないと言われて育ったけれど、運よくメイドとして王城で雇ってもらえた。もう少し学校の成績がよければ女官試験に挑戦できたんだけど、メイドでも全然ありがたい。
王城勤務の間は実家の父から結婚を迫られることもないし、なにより優良物件の宝庫だもの!
将来は書記官なんかと結婚して、お金に困ることなく平凡な人生を過ごせると思っていた。
あの王太子が立太子するまでは。
優秀な同期だけじゃなくて、実家が太い貴族令嬢たちはどんどん言い訳を見つけては退職してく。今や下女がするような仕事まで私に回ってくる始末だ。
でも家に帰ったら結婚をしろって言われちゃうだろうし、私は自分で選んだ人と幸せになりたいのだ。だって美人じゃないからお茶会を開いても笑われるだけだし。姉のように器量がよければ同じ子爵家ぐらいなら嫁げるかもしれないけど、今現在王都に残っている子爵家なんてまともな家はない。
伯爵とかになって大きな領地があれば王都から逃げられるのに!
重たい水や、出来立てのサンドウィッチを籠に入れて、ついでに持って行けと言われた分厚い毛布を抱えて、えっちらおっちら歩く私。なんて無様なの。いくらメイドでも重い荷物なんて下男や下女に持たせていたのに。今じゃどこもかしこも人手不足。
いつ民衆がこの城を襲うか分かったもんじゃないから、逃げられる人間はみんな逃げるんだ。
「あーっ、もう! 重いったら」
腕からずり落ちようとする毛布をなんとか抱えなおし、薄暗く寒い階段を下りていく。
王太子の傍仕えになった伯爵家令息に頼まれたのが運の尽きだったわ。でも彼、若いし優しいし、ちょっとぽちゃっとした顔だけど優良物件なのよね。
看守部屋を通り過ぎ、三つある牢屋のうちの真ん中。入口入から正面に位置するそこに、少女は居た。
一日中太陽の光が入らないから外よりもずっと寒いところで、小さな女の子がボロボロの毛布を体に巻き付けてこちらをじっと見ている。
こんな場所に閉じ込められているのに、こちらを静かに見つめている。
とりあえずこの子だ。他の牢屋には誰も入っていないし、私はあわてて女の子の方へ駆け寄った。
「頼まれた毛布持ってきました。これ、使ってください!」
ぎゅうぎゅうと毛布を押し込むと、白くて細い指先がそっとそれに触れた。
私の手は働いているうちに少し荒れた。それでも年相応に成長しているからこの少女より大きいし、一応手荒れ対策ぐらいしている。ちょっと最近ゴツゴツしてきたような気がするけど、きっと気のせいよね。そんなことを考えながらもう一度白くて細い手の持ち主を見た。こんなに小さな子を閉じ込めたんだ。
近くを見ると、異臭を放つ甕とカビが目立つパンが一つ乗った皿。
なんてことをするのだろう。こんな幼い子を、こんな寒いところに閉じ込めただけじゃなく、ろくな食事も与えないなんて。
なんて情けない国だろう。なんて情けない、王族。私はそんな奴らに仕えているんだ。
「ありがとう。あったかいわ」
人の悪意なんて何も知らないような笑顔を浮かべて私を見る少女に、私は思わず声をかけた。
「ほかに欲しいものあったら言って! 私これでも結構ここ長いのよ、甘いものは好き? あとで厨房から果物を持ってきてあげる!」
「果物はすき。でも、おねえさまが怒られない程度にしてね」
まさか私をおねえさまって言ったの!?
これまで妹だったから、自分がお姉様なんて言われたことがなくて、なんだかドキドキした。
そうだ。ここでこの子を守れるのは私や一部の人間だけだ。せめて寒がらず、空腹で悲しい思いをせず、寂しくないようにしてあげなくては。
「私はアン・パーマシー。アンでいいわ」
「リーナです。アンおねえさま」
キラキラ星が輝く夜空のような少女が、とても綺麗に笑った。
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