アレクの思い sideアレクセイ
リーナが怪我をした。
大したものではなかったけれど、ナイフで首を切られた。
女の髪を切ることも信じられないというのに、同じ貴族が彼女を傷つけた事実が私は許せない。
我が子爵家よりも格上のハーバード侯爵家。貴族たる資質すら持たないなんて許せない。
でも一番許せないのは、守ると誓ったはずなのに何もできなかった自分だ。
リーナは何度も大丈夫だと言った。ありがとうとも言った。
でも何が大丈夫なんだ。そんな言葉を言わせた私は、感謝される理由がない。
見習いの後の護衛たちからのしごきはより一層激しさを増したが、正直なところとても助かっている。今は何かに打ち込みたかった。
もっと強くなりたい。もっと、次こそはちゃんと彼女を守れるようになりたい。
もっと、もっとだ!
「まあたいへん。アレクがきんにくムキムキになっちゃう」
「は?」
「アレクはしょうらい、きしになるの?」
「違うよ、どうしてだい?」
「だって、さいきんどんどん・・・」
不安そうな顔で何を言い出すのだろう。私は君の心も全部守りたいというのに。
「ねえアレク。わたしね、いつもアレクがいてくれるからうれしいの。アレクはちゃんと、わたしを守ってくれているのよ」
歴史の講義をしていたら急にそんなことを言い出したリーナ。
「・・・守れてなんていないよ。まだ全然足りない」
そっと、私の手に小さな白い手が乗った。暖かい、子ども特有の高い体温が心地いい。
「アレク。どうして、そんなことをいうの?」
「だって君を守れなかった」
「あなたは来てくれたわ」
「でも間に合わなかった」
君を守るのは私の役目だったのに。
「アレクって、おばかさんね」
「え?」
「あなたがいてくれるだけで、うれしいの。ちゃんとわたしの心をまもってくれた。ありがとうアレク」
でもどうか、もう無理はしないで。と小さな声が続いた。
無理なんてしてない。まだ全然足りないんだ。
「私は・・・」
私は、彼女の言葉に応えることが出来なかった。
その夜、私はワイズ様の部屋を訪れていた。
「ワイズ様、以前頂いたお話の件ですが」
「入りなさい」
声の主同様簡素な下手だが、一つ一つのものは高価で上品な作りになっていた。
「騎士団に、入ろうと思います」
「・・・」
「今の私では彼女を守ることはできません。騎士団に入って、集中的に鍛えたいのです」
商人になるはずだった。それが一番いい道だと思っていた。でも今は。
「私は彼女を守りたい。でも今はそれができない。できる自分になりたいのです」
「本気ですか?」
「はい。いつか必ず戻ってきます。彼女が成人するまでに必ず」
それまでに地位も名誉も実力も富も全て手に入れる。ただ一人の女の子をもう二度と悲しませないために。
リーナは今七歳。後九年ある。
「・・・わかりました、旦那様方はわたくしが説得いたしましょう。精進なさい」
「ありがとうございます!」
「リーナさんには、ご自分で伝えるように」
「はい」
でもきっと、それが一番難しいんだよなと、私は心の中で呟いた。




