恐れていた事態 sideシュオン
神殿に運び込まれる民が増えたのはここ二日のことだった。
病が流行りだしたのだ。総一郎が立案し、ベルノーラ商会が全面的に協力して対策に走れたおかげで目立った混乱はない。
「誠一郎。私のリーナが全然会いに来ないのだが、なぜだと思う?」
「病気流行ってんのに、あのネッドがあいつを外に出すと思います? てゆーか、あんたのじゃねえだろ。ボケてないで働け神官様」
見慣れない布で鼻と口を覆い、強い酒で消毒を徹底しろと言って、ベルノーラ商会から派遣された医者や薬師たちを束ねている男に目をやる。
しとしとと降りだした雨を見上げては眉を寄せている男。いったいどれだけの知識があるのだろうか。この男は憲兵ではなく神殿に仕えればよかったのに。
「そうか、確かに現在は危険だ。しかし王都に来ているというのに一度も会いにこないなんて・・・ベルノーラは彼女を働かせすぎではないか?」
「あんたに協力の知らせを出したくらいだ。確かに忙しいんだろうな。でもあんただってこの状況で会えないのは変わんないだろうが」
「ふむ。そうだな。はやく終息するといいのだが・・・これからが本格的に増えるのだろうしな」
「終息は簡単じゃないだろうな。俺たちでどこまでできるか・・・一先ず安全を確保したらいくつかの班に分かれて行動させる。一気に全滅なんて笑えないからな」
全滅ありきで話す男にため息をつきたい気分だ。
「本来ならば王族主導で動けば良い宣伝になるというものを」
「いや無理じゃん。これの原因作ったの王太子だぜ?」
ほかに誰も居ないことを確認してしまうほど不敬な発言だ。
「何がしたいんだか」
「あれは劣等感の塊よ。昔から誰かに比較されるのを嫌っておったからな」
「順当にいけばって・・・ああそうか、この国の一番目の王子はあの男じゃないとかっていう噂もあるもんな。どっちにしても、俺らにとってはいい迷惑だ」
病弱な第一王子は幼少の頃より治療のため地方におり、その姿を見たものはほとんどいないという話だ。ベルノーラ商会がかくまっているという噂も出てくるほど、未確認の存在ともいえる。もし本当にベルノーラ商会がかくまっているのであれば、次の王にと押し上げるのか、それとも逃すつもりなのか。
「どちらにせよ、ここまで病が広がるとは・・・あの謎の咳は人にうつるのだろう?」
「ウイルスが原因ならそうだろうな。俺は医療のプロじゃないから、よくわからんけど。とりあえず咳止めの薬はベルノーラが用意してくれたが、確か粉塵が理由で酷くなるとも聞いたことがある。俺にできるのは、まず患者を清潔な場所で見守るぐらいしかできん」
淡々というが、そのウイルスなんちゃらだって、私たちには未知の領域だ。
「確か神殿には病や傷を癒すことができる人間が居るんだよな? この国には居ないって聞いたけど、他国から呼ぶことはできるのか?」
「・・・今後増えることを予想して依頼は出しているが、神殿も一筋縄ではない」
昔他国に居たという麗しいプリーティア。現在は行方不明で、神々のもとにもどったという噂が流れていたが、確か彼女も総一郎たちと同じ世界から訪れたという。
「間に合うと良いな」
「他国の錬金術師にも依頼を出している。間に合わせるしかない」
何故か総一郎が純粋そうな瞳で錬金術師! と呟いたが、何が彼の琴線に触れたのかはわからなかった。
高熱にうなされる者、咳が止まらない者、嘔吐が止まらない者、その全てに苦しむ者。症状は人それぞれだが、流行り病は確実に脅威を振るっている。
「いっそ全員を空気の綺麗な場所に連れていけると良いんだがな」
「動かすのは難しいだろう。状態が悪化してしまうかもしれない」
「だよな。でも今の王都は空気が悪いからな。換気しても限界がある」
真剣に悩む横顔を見ていたら、やはりリーナに会いたくなった。
私も、彼も、そしてきっと彼女も働きすぎだ。




