最速で終わらせる覚悟 side国王
民草を死なせたことは申し訳なく思っている。
だが王としてそれを顔に出すことはしない。
王太子がここまで愚かだと思わなんだ。しかしそれも言い訳であろう。
「不敬だな」
目の前の小娘は髪を切られても平然と笑っている。そういえば昔、あの娘の髪を切った男がいたなと思い出す。
「では殺しますか? わたくしを殺せば、ベルノーラ商会はこの国から手を引き、神殿も口を出してくるでしょう。わたくしが異なる世界の者だと、神殿の者も知っていますもの」
どこまでが本当かわからないが、ベルノーラの者ならやりそうだ。神殿も、元勇者のシュオンがいることだし、嘘とも限らない。
「死んだ方がマシと思わせる手はいくらでもあるぞ」
人を死なせずに拷問する方法などいくらでもある。その道の者も城には多くいる。
だが、この小娘の余裕はなんだ。凪いだ夜の海のような瞳が私を見つめ、剣を向けられたばかりだというのに笑う。
「まあ、おほほ。ではどうぞご随意に。神々の怒りをその命でもって受け止めるがよろしいわ」
迷い人については様々な伝承があり、一概にあり得ないとも言い切れない。我が国は昔それで一度滅びかけている。
もう何十年も前、三代前の王が迷い人を殺したことがある。その後数年間ほとんど雨が降らず、他国の協力がなければ本当に滅びるところだった。二代前の王が心の臓を剣で刺して神々に捧げたところ、翌日に雨が戻ったというのだから笑えない。
「そなたは、私に何をせよというのだ」
「民を焼いたのが王家ならば、その民を救うのもまた王家でなければ納得できないでしょう」
難しい事をいう。
「だいたいにして、どうやってこれから王都を守っていくおつもりなのでしょう? 肥溜めの掃除やゴミの回収、危険な場所からの荷物の運搬や魔物を間引くなどの雑用。これらを引き受けていたスラムの者たちを殺して、綺麗な王都しか知らぬ者たちが引き継いでいけますか? 底辺の仕事を上位者が好んでやると?」
「む」
こんな小娘でも気付くことを、なぜ我が息子は気付けなかったのだろうか。
「小汚いと馬鹿にする前に、彼らのように定住先を持てない人への救済をきちんと考えてこその政治でしょう。民草が元気でいなくては、結局のところ税収など期待できませんよ。わが商会は、お金をお支払いくださらない方はお客とみなしませんから悪しからず」
「そなたらの商品は確かに素晴らしいが、少々値がはりすぎておらぬか?」
「あら、でしたら、ベルノーラ商会を超える素晴らしい商品を、ほかの商会も打ち出せばよろしいのですわ」
「無茶をいう。それらの商品は、まこと全てそなたが考えたものか? 違うのであろう? そなたがもとの世界で見たもの、使ったものではないのか?」
「気に入らなければ買わなければよろしいのですわ。欲しがらずにいられるのでしたら」
互いにニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、バタバタとうるさい足音が近づいてきた扉を見る。
「父王陛下、失礼する」
許可もなく入ってきたのは、すでに国王気取りの息子。
「ベルノーラの娘よ。印があるものを買うぞ。急ぎ支度せよ」
短い紙が大量に挟まった見本の束。
まて、うそだろう? よりによってベルノーラ商会の品物をそんなにも買うつもりか?
「そなたの個人費で賄えるものか?」
「未来の王妃のためですからね」
あの女狐を黙らせるために、どれだけの金を使うつもりだろうか。
ふと小娘を見ると、まるで大輪の花が咲き誇るかのように満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとう存じます、殿下。誠心誠意、心を込めてご用意いたしますわ」
ベルノーラ商会は表立って問題を起こすことはない。スタンピードが起これば民草を助けるなどの慈善活動も有名だ。孤児を引き取り、教育を施し、商会員として雇い、または各地で優秀な冒険者として活躍するなど教育熱心な商会としても名をはせている。
だが、一度敵として認識した相手には一切の甘さを捨てることも貴族の間では有名だ。
そして、どんな相手であろうが必ず売った品物の代金は取り返すことも。そう、どんな手段を使っても。
そのベルノーラが送り込んできた小娘。どれだけの財を搾り取るつもりだ。これでは王都を立て直すこともできなくなる。こんなことはさっさと終わらせなければ。騎士団長に目配せすると、すっと目礼してきた。
最速で事態を収拾するための方法はもはや、一つしかない。しかしそれを選べば、私の退位は遠のくだろう。引退して王妃の足に思い切り踏んでもらえると思っていたのに、まだまだ先になりそうだ。
はあ、勘弁してくれ。




