どんどん売っちゃうよ!
持ち込んだドレスのうち、王妃用一枚、女官たちの制服用一枚が売れた。王妃専属の女官たちは全員で四人。メイドや下女を含めると六十人はいるらしいが、今回は女官のみ仕立て直す。着替えも合わせると三セット購入してくれるそうだ。
「色違いにしても楽しいと思いますが」
まるで人を、得体の知れない存在のような目つきで睨みつけながら、生地の見本を女官の一人に渡す王妃。嬉しそうに、大切そうにそれを抱きしめる女官に笑顔をふりまくわたし。
さあ、好きなものを選ぶといい。できれば高い生地にしてね!
「全て同じでよい。多少動きやすいように、生地は選んでおくれ」
「はい、陛下」
いそいそと女が離れると、王妃がはあとため息をついた。
「ラフ画をおよこし」
「ドレスに会う小物類や、別のドレスのラフ画です。どうぞご覧ください」
「扇子やハンカチーフまで・・・この宝石は間に合うのかえ?」
「現在あるものを細工します。最初から作るわけではないので、時間も値段もご期待に添えると思います」
ただし特急料金は別途いただきますがね。
ふふん。どんどん売りつけてあげるわ。
「立太子のお祝いも兼ねておりますもの。きっと素敵な宴になりますわ」
「よう言うわ」
はんっと鼻で嗤われても怖くないもんね。ベルノーラ商会の奥さまのほうが何倍も怖いよ!
その時、楽しい時間の終わりがやってきた。突然部屋のドアが開き、見知らぬ男がわたしを睨みつけてきたのだ。
「母上、お邪魔します」
「許可した覚えはない」
「父上に許可をいただきました。後ほど、そこな娘を連れてくるようにと」
会話の内容から、こいつが王太子だろう。
イロアス王子がまだまともに見える。
不機嫌を隠そうとしない深緑の瞳。短い金髪にほどよくついた筋肉。腰に下げた剣は少々飾りが目立つ。あまり実用的に見えないそれに目を向け、もう一度男を見上げた。
「私に礼もないのか」
王妃がまたため息をついて一言。
「リーナ、これが王太子じゃ」
王妃も大変だね。こんなのが世継ぎとか笑い話にもならない。
「お初にお目にかかります、王国の新しい太陽、王太子殿下。わたくしはリーナ。ベルノーラ商会より参りました」
「ふん」
上位者に向けるカーテシーを披露すれば、馬鹿にしたように男が笑った。
「王太子に向けて、そんなカーテシーしか出来ぬとは・・・拾い子だから仕方がないか」
ここが君の家で良かったね。ベルノーラがのさばる場所だったら瞬殺だよ。
「なにぶん、田舎者ゆえ、無礼をお許しいただけますと嬉しいですわ」
何もわからないふりを見せると、王太子は「まあ、そうだな」と頷いた。その時、後ろに立っている一人の騎士がわずかに眉を寄せる。
「そちもともに居るとは・・・リーナ、あれは騎士団長のドルイド・ジェインだ」
「はじめまして、騎士さま。リーナでございます」
にこりと笑い、少し下の人にするようなカーテシーを披露すると、彼は目元の皺を深めて笑みを浮かべ、騎士の礼を取った。
「お初にお目にかかる、リーナ嬢。お会いできて光栄だ」
「わたくしも、あなたさまにお会いできて嬉しいです。騎士さま」
ちょっと子どもっぽかったかしら。まあおのぼりさんっぽくて良いかな。
「王妃陛下、国王陛下がリーナ嬢をお呼びです」
「うむ。では行くか。王太子よ、このラフ画を王太子妃に見せてやるとよい。喜ぶであろう」
王妃が選ばなかったドレスのラフ画だ。
「わかりました。リーナ、王太子妃のために良いものを作れ」
「まあ、光栄ですわ。よろしければ、こちらの生地見本もお持ちくださいませ。王太子妃さまのために、急いでドレスを作りますわ」
一番高い生地だけを集めたものを手渡すと、王妃がわずかに眉を寄せた。
「よい心掛けだ」
満足そうに頷くと、部屋の外にいた護衛らしき男たちと歩き去る王太子。
なるべく高い生地のドレスを買ってあげてね。全力で巻き上げてあげる。借金まみれの王になるがいいさ。




