やらかしが酷い side王妃テティーツェリア
この国の王妃となり早数十年。ここまで溜息を押し殺せなかったのは、夫との結婚が決まった瞬間くらいだ。
公爵家息女として覚悟はしていたが、恋多き王太子に嫁ぐのは本意ではなかった。しかも彼は初対面で、
「私は足が好きなのだ。どれ、ちょっと見せろ」
とスカートに触れた。思わずかかと落としをくらわせたのはいい思い出だ。
そのかかと落としが気に入ったらしい男に求婚されて、立場上仕方なく受けたが、王の初夜は多くの人間に見られながら行うのにも関わらず、足が良い。形がいいと気色の悪いことをずっとほざいていた。国王との行為は、身ごもるまで何度でも行われるため地獄の日々だった。最終的に怒りと疲労で、最中に、思い切り一物を踏みつけてやれば、何故か更に気に入られたらしい。あの男は本物の変態だ。
ちなみにその後、私はこっそり侍従長に「よけいなことをしないでください! もうどこにも出せない変態になってしまったじゃありませんか!」と怒られた。解せぬ。
あれはもともと変態だと言えば、あなたに会うまではそんなことはなかったという。嘘に決まっている。
さて、そんな現実逃避も限界だ。
目の前に悠然と微笑む黒髪の娘。数年前私の庇護下に入れたのに一度も会いに来なかった生意気な娘が、猛獣の目をして王太子妃に笑みを向けている。
いったい何をやらかしたのかとため息をつけば、女官長が静かな声で経緯を教えた。
強引に割り込んできて、しつこくドレスを見せろとのたまったことや、娘が拾われ子であることを笑ったらしい。
たしかに拾われたのだ。生き残ることが不可能なあの危険な森で。
それだけでも価値があるのに、異世界の知識を持ち、今やベルノーラ商会の懐刀。この娘を守るためにベルノーラ商会がどれだけのことをするのか、考えただけでもぞっとする。
今もこの場を誰かが見張っているはずだ。ベルノーラの影の実力は、我が王家ですら把握しきれていない。
「私を差し置いて楽しげだこと」
ちらりと熱のない瞳が私を見ると、音もなく立ち上がり最上級のカーテシーをささげてきた。遅れて王太子妃がカーテシーを披露するが、小娘に負けている。
こんな程度の妃が次の王妃とは情けない。
「直答を許します。顔をあげなさい」
「お初に御目文字仕ります。ベルノーラ商会より参りました。リーナと申します。王国の月、王妃陛下に置かれましてはご機嫌麗しく」
「私はそなたの後ろ盾ですよ、そう固くならず良い。そなたの作るものは毎回楽しみにしておりました。どれ、ドレスの見本があるとか」
「女官にお渡ししておりますわ。どうぞご確認くださいませ。また、まだラフ画の状態ですが、新しいものもお持ちしております。ここでは紙が痛みますので、他の場所をお借りできますでしょうか」
大方自分の権威を見せつけたかったのだろう。こんな温室程度でひよるベルノーラ商会ではない。なんならベルノーラ本家の温室はもっと凄いとの噂だ。
「そなた、リーナだったな。私の執務室へ」
「え」
王太子妃が不満そうな顔を一瞬浮かべて私を見る。この娘には入室の許可を出したことはないのだ。
「王太子妃よ、何をしておる。私にもリーナの来訪を伝えず、もしや王太子にも伝えておらぬのではないか? 陛下も待っておったぞ」
この程度の者に、リーナをくれてやるわけにはいかない。この小柄な女の中には世界を掴むほどの知識と技術が眠っておるのだ。
民を虐殺するような連中に取られてたまるか。
陛下の存在をにおわせれば分かり易く焦りだす王太子妃を置いて側近とともに歩き出す。リーナも王太子妃に礼を送り、私のあとをついてきた。
「すまぬな。茶を淹れなおそう」
「とんでもございません。お気に召すドレスがあると良いのですが」
「ふん、思ってもおらぬことを」
鼻で嗤えば、小娘がわずかに目元を細め、笑みを返してきた。
「お美しいお姫様でした。あの方はいつもあのように天真爛漫でいらっしゃるのでしょうね?」
執務室に入った瞬間静かに問われ、思わず大きく頷いた。
「現時点ではあれが次の王妃となる」
「未来は誰にもわからぬものですわ。先にラフ画をご覧になりますか? それとも、試作品をお試しになりますか? 今回は三枚お持ちいたしましたの」
さらりと不敬なことをのたまった娘に呆れた視線を向ける。完璧な笑みで返してきよった。
「三枚もよう、この王都で作れたものだ」
「あくまでも試作品ですわ。お気に召されましたら生地を選んでいただきたいのです。今回は女官のかたたちにも一枚ご用意いたしました」
「そなた、どれだけ売りつけるつもりじゃ」
ベルノーラ商会のドレス一枚で幾らの金が飛んでいくことか。しかも、絶対に欲しくなるものを作ってくるくせに。ああ、この娘がそんなことを言うから、女官たちが密かに期待しておるではないか。
「この国を立て直せるほどの財を、心から望んでおりますわ」
「・・・ほう? ベルノーラ商会が国を救うとでも? その前に足元をすくわれるぞ」
猛獣が、笑みを浮かべて私を見つめた。
「だって、もう人が死ぬのは嫌なのです」
くだらない理由で殺しやがって。そう言っているように聞こえた。




