よしその喧嘩買った
王妃からの呼び出しということで城に上がったが、そこに居たのは王妃ではなかった。
「王太子妃殿下、お初にお目にかかります。本日、王妃陛下より登城を申し付けられました、ベルノーラ商会より参りました、リーナと申します」
言外に、お前はお呼びじゃないんだと伝えると、わずかに目元が震えた女が笑みを浮かべた。
「初めましてリーナ嬢。わたくしは王太子妃ツェリーティアです」
「妃殿下、直答をお許し願います」
「ええ、もちろんだわ。わたくしのお茶会に来て下さってありがとう。さあ、いらして、あちらの温室でお話をいたしましょう」
キラキラ輝く銀髪に、春の花のような黄色い瞳。異常なまでに細い腰は努力の証だろうか。コルセットで締め上げて体の中はボロボロだろう。長生きしないんだろうなと顔が白けないように気を付ける。
着ているドレスは別の商会の最新のデザインだ。だがこの国でおいての最新なので、見ていても大した変化がない。
歩き出した彼女の後をしずしずとついていく。
「ねえ、今日は新しいドレスのデザインをお持ちくださったのでしょう?」
「ええ、王妃陛下へお見せするお約束ですの。妃殿下もぜひご覧になってくださいませ」
この国での高貴な方は、国王と王妃が陛下。国王が度々国外へ仕事で出るため、王妃が采配を振るうことも珍しくないのだそうだ。それ以外の王族は殿下呼び。または閣下呼び。それらの婚約者や配偶者は様付けで良い。
ただし王太子妃は準王族として殿下と呼ばれ、第二王妃以下の妃は嫁いできた順番に第〇王妃様とお呼びするらしい。きちんと順番を先に言わないとダメだと教えられたが、顔の違いなんか知らんと返せば黒服たちに笑われた。
「王妃様は後でいらっしゃるのよ、わたくし、先に拝見したいわ」
数名の女官に先導されたわたしたちは少し先の温室にたどり着いた。
この国では高級品であるガラスを、これでもかと使い作った大きな鳥かごのような温室。
たくさんの木々とカラフルな鳥、この時期お目にかかるはずのない果物が外から確認できた。
ガラス張りの扉の先につづき、思わずつぶやいた。
「・・・暖かいですね。まるで春の終わりのような」
「ええ、そうでしょう? わたくし、この場所が一番好きなの!」
まるで少女のような楽しそうな笑み。しかしその下に隠された感情は穏やかじゃないだろう。獣がこちらを狙うように、不穏な色をたたえている。
辺境伯家のヤバさとは種類が違う。
人間特有のいやらしさ。
しかし裏を返せば、初対面の小娘に見破られる程度の女だ。
「ええ、わかるような気がしますわ」
温室の中はじっとり汗をかくほどだった。
「こちらよ」
彼女は温室に用意されたソファに悠然と座り、すぐ近くのソファを扇子で指した。ここに座れということだろう。
「まあ、これはとても良いお品ですのね」
昔奥さまが使っていた古いソファと同じ素材だ。ふかふかで、少々沈みすぎるほどだが、以前は気に入っていた。
ちなみに現在は新しく別のもっとお高いソファを使っている。
なんでも不用意に壊してしまったらしい。ソファを壊すってどういう状況かしら?
「ええ、そうなの。彼がね、わたくしのために他国から取り寄せてくれたのよ」
王太子のことだろうか。一見うっとりした顔だが、目が笑っていない。
「愛されているのですね」
古いデザインで、生地も結構前のものだ。おおかた売れ残りをつかまされたのだろう。王太子、見る目がないな。いや、こういうのはお付きの人が選ぶのだろうか?
「お菓子はお好き? 甘いものは?」
「・・・申し訳ございません。実は先ほど街を通ったさい、人が焼け死んでおり現在胸がいっぱいなのです。お気持ちだけいただきますわ」
とっと口元にハンカチを当てる。
城で出されたものは口にするなと教えられたのだ。
「まあ、わたくしの出したお菓子も食べられないなんて・・・それに、死んだのはスラムの小汚い方たちでしょう? 仕方がないのよ。彼だって、こんなことはしたくなかったはずだわ」
今持っているのがハンカチで良かった。扇子は膝の上に置いていていたから気付かれなかっただろう。持っていたら確実に音を立てて壊れただろうな。
「妃殿下、スラムには親を亡くした子どももいますのよ?」
おっとりとした顔を作ると、彼女の目が不敵に輝いた。
「ええ、そうね。あなたは良い人に拾われて良かったわね」
うん、理解した。こいつは嫌いだ。
その喧嘩買ってあげるわ、世間知らずで温室育ちのお嬢さん。
売られた喧嘩は買い占める。それがわたしだ。




