燃える臭いがした
日本の火葬場も、昔はなんとも言えない臭いがしたが、そんな生易しいものじゃない。
肉体だけじゃない、他の何か、汚物や壊された何かも燃える臭い。
「流行り病が起こる可能性が高いわ。医療班に連絡して薬をなるべく多く集めてちょうだい。神殿経由で回せるようにして。シュオンが手伝ってくれるわ」
「承知」
ガタガタ揺れる馬車の乗り心地は、普段よりも悪い。
道に様々なモノが落ちているようだが、決してカーテンを開けてはいけないと厳命された。それが守れないのならば連れていけないと。
過保護と思わないわけではないが、彼らがわたしを守るのはベルノーラ商会のためでもあるのだ。今わたしがダメになるわけにはいかない。
そして現代日本でのうのうと生きていたわたしが、今の王都の状況に耐えられないことは想像に難くない。
ともに乗っている黒服3が、さきほど静かに差し出したハンカチには柑橘系の香水の香りがした。
少しでも気休めになるからと言っていた。
だが気休めだ。無いよりはマシという程度の気休めだった。
どこかで泣き叫ぶ人々の声。
どこかで何かが壊される音。
風に乗って届く臭いは馬車の中でも防げない。
何がしたいのだろう、どうしてこんな行為を命令したのだろう。彼らにどんな恨みがあるのだろう。
くるぐる考えて、結局答えは出ない。
「しっかりしなさい」
自分自身に言い聞かせる。
わたしはベルノーラ商会の人間として商品を売り込みに行くのだ。今後、王家と距離を取る必要があるかを確認するためにもこの目で確かめるのだ。
ただの無力だった昔のわたしではない。
森で拾われた小さな子どもはもういない。
できることだってほとんどない。
それでも、大旦那さまはわたしを信じて送り出したのだ。
信頼には信頼で返す。女にだって意地があると強く言い聞かせる。
顔をあげろ。勝手に誰かの不幸を嘆くな。そんなのは地下で守られていたわたしに許される行為ではない。
その場で誰も助けなかったわたしに、許されるはずがないのだ。
ちぎれるかと思うほど強くハンカチを握りしめた。
城へと入るのは何度も確認作業があると言われた。ラフ画も見本も全て一度預ける。
馬車も一つ目の大きな門で乗換える。そのさいに、ふと後ろを振り返る。
以前見た大きく美しい王都は、もうどこにもなかった。
どこかで上がる煙。それも一本や二本じゃない。消火が間に合わないのだろう。
そして遠くでこちらを睨みつける人々。距離があるのに、その瞳に強い敵意があることがわかるほど印象的なそれをじっと見返し、一度だけ頷く。
これが、王族が望んだ景色ならば。
「新しいハンカチをどうぞ、お嬢さん」
黒服3が真新しいハンカチと扇子を渡しながら、しわくちゃになったハンカチをそっとわたしの手から抜いた。
「この先はお嬢さんだけだ。本当に行くのかい?」
「ええ、わたくしの戦場はここからよ」
「・・・ベルノーラの女ってなんでこんな強いかね」
「あなただってベルノーラでしょ」
黒服3がふと笑みを浮かべた。今までわたしには見せなかった獰猛な笑みだ。
王侯貴族ですら好きに出来ないベルノーラ商会の恐ろしさ、どんな手を使ってでもわからせてあげるわ。
足の裏にしっかり力を込めて一歩を踏みしめた。




