移動だって慣れたものです
「ちょっと、俺のお嬢さんをそんな目で見てると殺すよ」
早朝から物騒なセリフを肩越しに聞きながら、もそもそと固い肉を食べる。
今まで何回も食べているはずなのにこの固さには慣れない。
「だってネッド! お嬢さんめっちゃ便利すぎん!?」
「あとネッドだけズルい! 俺らにも変われよ!」
もぐもぐ。あ、ちょっと口の中切った。やっぱり走っている男の背中で食べるもんじゃないわ。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
急停止してわたしを下ろすと、ネッドはかがみこんで顔を合わせた。
「ちょっと切っただけよ。大丈夫」
なんで気付かれたんだろう。
「あれ、お嬢さん、まさかネッドに背負われてんのに飯食ってたんですか?」
時間短縮のため、わたしは大抵ネッドに背負われたまま移動している。移動時間が長いせいで腰は痛いし、退屈だ。
同行者たちも急停止してわたしを取り囲んだ。これ、対外的にみると結構ヤバそうな構図だと思うわ。
「だってお腹がすいたんだもの」
朝食というには味気ないけれど、食べられる時に食事をするものだとネッドが昔言っていた。
「さすがお嬢さんです。どこでも生きていけますね」
満足そうに頷くネッドに、他の三人はドン引きだ。
大旦那さまは確かに黒服を貸してくれた。ネッドの他に、何度か顔を合わせたことがある三人の男。名前は知らないけれど、知らなくても良いと言われた。
彼らには彼らのルールがあるのだろう。わたしが誰かになにかを言いたいときは、その誰かが気付いてくれる。便利な人たちだ。
「お嬢さん、次は俺が運びますよ。食べるならこっちの干しキノコが旨いですよ」
「もらうわ」
「いや、そろそろ飯にしよう。お嬢さんが腹を空かせるなんてかわいそうすぎる」
「つってもこのへん食えるキノコ少ないぜ?」
キノコ推しなのだろうか。
「大丈夫、俺がちょっと鳥狩ってくる」
冒険者も驚きの行動力じゃなかろうか。
こんな風にしてわたしたちは素早く森を抜け、次の街に向かっている。
「ねえ、お手洗いにいきたいわ」
「・・・お嬢さんって恥じらいないっすよね」
「ないわ。ネッドったらお手洗いまで付いてくるのが普通だもの。こんな森のなかで離れてくれるわけないし」
黒服1が呆れたように言い、周囲を警戒して南を指さす。あっちならいいということなのだろう。
「ネッド待て! ついていくな!」
「大丈夫、いつものことだ」
「だいじょばない!?」
黒服2は案外常識人っぽく、よく叫ぶ。大丈夫かしらこんな常識のある人がついてきちゃって。彼、昨日の夜抜け毛を気にしていたけれど、王都につくまで心と髪の毛、もつかしら?
「ネッド、あっちは俺らが見てるから、お前は向こうを警戒してくれ。お嬢さんだって妙齢の女性なんだ。下手なことして嫌われたくないだろ?」
黒服3も発言はまとも。でも彼は熟女好きで、還暦以下の人には欲情しないと聞いたことがある。今回選抜されたのも、完全に安全な存在だからと言われた。
「でもお嬢さんは慣れてるぞ?」
「そうね、ネッドの変態は死んでも治らないわ。でもネッド、わたしお腹がすいているの。せめて飲み物が欲しいわ」
男たちが四人も集まると騒がしいもので、こんなことで大丈夫だろうかと心配もしたが、わずか数日で森を抜けたことは褒めるべきなのだろう。
「なあネッド、お嬢さんマジすごいな! 毎回森につれてきたい! 素材は取れないけど、郵便事業がはかどりそう!」
「そうだろう。俺のお嬢さんはすごいからな」
「お前のじゃねえよ」
「あと五十年待てばいい女になりそうだな」
人が寝たと思って走りながら変な会話をするのは、心底やめてほしかったけれど。




