その瞳は氷点下
幼児向け商品をヒットさせ続け、次なる逃亡資金もかなりたまったころ、大旦那さまに呼ばれた。
「これは困りましたね」
「ねえ、困ったねえ。どうしようか?」
まるで他人事の大旦那さまはニヤニヤ笑っている。
「王都で暴動ですか。しかも商品にかなり損害が・・・」
「王位継承についてはもう決着したし、そろそろ落ち着くとは思うんだ。でも残念ながら、割をくった連中も多くてね。治安は悪化している」
「いち早く収束できるかが、次の王の腕の見せ所ですか」
「現王はそろそろ退いて余生を楽しみたいらしい」
テーブルに広げられた新聞は、一月も前のものだ。
僻地だから新聞が届くのには時間がかかる。立太子の件が大々的に報じられた隣に、王都の治安悪化が懸念されている記事が載る。本来ならば別に乗せるだろう内容を、あえて隣に並べることに意味があるのだろう。
ベルノーラ商会の店舗が襲われたのは鷹便で知っていた。現在は臨時で護衛を雇って商売を続けている。正直高ランクの冒険者の日当は馬鹿にならず、完全に赤字だ。
それでも暴力に屈したと舐められるよりは見栄を張る方がいいのだろう。
「店の従業員たちの安全も気になりますね」
「そっちは低ランク冒険者をやとって送り迎えしているよ。でも、そろそろ何とかしたいんだよね」
ベルノーラ商会に手を出してただで済むと思われるのもしゃくだ。大旦那さまの口元は笑みを浮かべているが、その瞳は氷点下だった。これはかなり怒っていらっしゃる。
わたしが王都から脱出して、すでに三年が経っていた。
「何をお望みですか?」
「騎士だけじゃ足りない。自警団を動かしたい」
「それは・・・この時期に動いてくれますか?」
「無理だね。ただでさえそろそろ星祭りの時期だ。王家も騎士団も自警団も、治安維持に忙しい」
その治安が現在最悪だ。
高貴な身分の方たちも、様々な問題で処分されて平民に身を落とした。しかもその人たちに雇われていた使用人たちのほとんどは、紹介状ももらえなくてスラムに落ちた人も多いと新聞にある。
今スラムはどこよりも危険な場所だそうだ。
力や頭の弱いものは暴力に震え、逆に強いものはスラムをまとめだしている。こっちはベルノーラ商会の情報。
まとまった連中が闇取引に顔を出し始めたという情報もあり、その中の商品には奴隷だけじゃなく武器や薬物も多く含まれていた。
特に薬物が厄介だ。アヘンや麻薬だけではなく、ほんの一滴で人を殺せる劇薬も、かなりの数が取引されている。
これにはベルノーラ商会も看過できない。
「そこで、君に頼みたい」
「なんでしょう」
「君、今からちょっと王都に行ってきて、自警団に協力を仰いできて。星祭りがはじまる時期は冒険者たちも値段をあげてくるんだ。これ以上払うのは難しい」
ちょっとそこのお茶とってよ、みたいな軽い口調で面倒なお願いをされた気がする。
「奥さまはなんと?」
「大丈夫、辺境伯家にそろそろ子どもが生まれるから、そっちにかかりきになるよう手配しておいた」
順調に進んでいる辺境伯家のお二人に感心しながら、とりあえず頷いた。
「ネッドを貸してください。それから、あと二人ほど手が欲しいです」
さすがにネッド一人だけでわたしを守りながら暗躍するのは無理だろうし、他の黒服も貸してって言えば笑顔で頷かれた。
「いいよ。他には?」
「大旦那さま、一筆書いてください。わたしにある程度の権限をいただきたい。それから・・・・」
これはどうなんだろ。人としてと思って、いったん言葉を止めた。
少し離れたところでネッドがわずかに頷く。
「それから、アレクを呼び出してください。治安維持に協力してほしいと依頼を」
「彼を使うの? まだ早いよ」
「わたしたちでは、追われた貴族やその使用人の対処は難しいのです。顔も知りませんし。アレクならばうまく対処できるかもしれません」
大旦那さまは少し考えるように視線を逸らしたが、次の瞬間には頷いた。
「彼が良いって言ったらね」
「ありがとうございます。本日中に出発します」
これで四人。ギリギリ動けるだろうか。
「ああ、リーナ」
退出しようと背中を向けたところ、追いかけるように呼ばれて振り向いた。
「誰を犠牲にしてもいいから、必ずもどりなさい。黒服は三人付けてあげるから。いいね?」
「こちらが手薄になりませんか」
ちょっとびっくりして聞き返してしまった。
「きみ、誰に言っているの? それに新人にもいい練習になるでしょう。大丈夫、そのために妻も、そして今夜から君の家族も辺境伯家に行かせるから」
この三年で立派な商会員になった父も、元気になって二人目を妊娠している母も、立派に走り回る妹も。全員守ってくれるのか。
「承知いたしました。誰を見殺しにしても、必ず戻ります」
最大の敬意をしめすカーテシーを披露して退出した。
「ネッド、準備します」
「俺たちはいつでもいいですよ。でも、シシリーさん大丈夫ですか?」
「今回は正直に言う。面倒ごとは避けたいわ」
最短で行って、最短で帰ってこないと星祭りに間に合わない。
ここ数年家族がどんどん元気になるにつれて、穏やかに星祭りを過ごしていた。
「じゃあ俺は、連れていく三人を選抜します」
「うん。よろしく」
正直王都へ行くよりも家族の説得の方が、骨が折れそうだとげんなりした。




