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これは優しいお話です  作者: aー
招かれざる客
258/320

ハイディは結構単純な乙女

「ずいぶん生意気だね」

「なんとでも仰ってください。僕は今、辺境伯家の方とお話をしています。部外者は出て行ってください」

「・・・へえ」

 スヴェンは普段、軽口は叩くが基本的に無表情だ。その彼がすっと目を細めて口元に笑みを浮かべた。それだけで好戦的な気分になっていることがわかる。

 この顔は魔物を前にした時だけみせる顔だ。

 ハイディもまずいと思ったのか、スヴェンの胸を力いっぱい押して距離を取った。ついでに書類も回収したらしい。

「スヴェン。うちとしてもお金の回収は必須なの。お友達価格にしたからと言って、慈善事業ではないのよ」

「リーナ、このちんちくりんをかばうの? こいつ、戦える?」

「ノアは優秀よ。大旦那さまのお気に入りだもの」

 大旦那さまのことを知っているスヴェンが少しだけ微妙な顔をしたけれど、壁にそっと立っているネッドの確認してわずかに息を吐きだした。

「別にいいけど、ちょっと俺のハイディに近くない?」

「お前のじゃない!」

「ノアはこの辺境伯家の方たちにも気に入られているわ。近さで言えば、あなたのほうがハイディさまに近いわね」

「俺たちの仲だからね」

 ハイディがちょっと離れたところからまた何か叫んでいるが、それよりもノアの視線が気になった。まるで蛆虫を見るような目でスヴェンを見ている。

 仕事中にこんな顔をするなんて珍しいわねと観察していると、思わずと言った様子で彼が口を開いた。

「ネッドさんはリーナが許しているからまだマシだけど、この人ヤバいタイプのストーカーなのか、マジで気持ち悪いな」

 ノア。お客さまになんて素直な本音を・・・

 しかしその言葉は効果があったのか、スヴェンがわかりやすく固まった。

「ねえちょっと、俺が、あの、壁紙男よりヤバいってどういうこと?」

「いやだって、相手が嫌がっているのをわかって、それでもそんなに近づいてくるんでしょ? え、もしかして気付いていなかったのか? 更にヤバいな。どんな勘違い男だよ。引くわ」

 スヴェンがわかりやすくショックを受けた様子でよろめいた。

「え、俺、気持ち悪い?」

 そこでハイディに確認するな。傷が深くなるぞ。

 やはりというかハイディは思い切り頷いて肯定した。

 それを見たスヴェンはよろよろと二メートルほど歩き、まるで虫がつぶれるようにぺしゃっと掌を地面につけ、小さく静かな声で呟いた。

「ネッドごときよりもヤバいって言われた・・・修行しなおしてくる・・・」

 今にも倒れそうな様子で静かに出て行ったスヴェンの後ろ姿を見送ったネッドが、心底気に入らない様子で呟いた。

「お前よりはマシに決まっているだろうが」

 ねえネッド、あんたのフォローは誰も出来ないからね。


 気分を変えるためにも、わたしたちは部屋を移動した。

 もともと使用できる部屋が限られているのだから、仕方なく外の東屋に向かう。

 花を植える余裕はまだなく、雑草がこれでもかと空に向かってはえている。

 むしろハイディたちよりも元気そうなそれを横目で見て、もう一度必要書類の内容を確認してもらう。

「ハイディさま、聞いていらっしゃる?」

「うん。でも私はともかく、とりあえず、当主が払うから」

「あなたは説得にお付き合いいただかないといけませんの。真剣に聞けないのは、先程のスヴェンのせいかしら?」

 なぜかチラチラとノアを見るハイディに首をかしげると、少し考えるようなそぶりを見せた彼女が頷いた。

「あいつは本当にしつこい。気付けば部屋に侵入されるし、押し倒してくるし、かと思えば刃を向けてきて切りかかってくる」

 それだけ聞くと本当にヤバい人ね、スヴェン・・・もう投獄されてしまえ。

「でも、今日はすぐに出て行った」

「こちらも話を詰めたかったから、よかったわ」

「お前は細く、こんなにちんくしゃなのに、あの男に勝ったのだな」

 ちんくしゃ?

「怒りますよ」

 ああ、ノアのことなかと彼を見ると、言葉ほど怒っているようではないようで、新しい紙を取り出して何やら書き込んでいる。

「とりあえず、ひとまず先ほどの変態に関してギルドに警告文を送りましょう。しばらくこの国から出て行ってもらえるように」

 ノア、冷静そうに見えて結構怒っているのね。

「そんなことができるの?」

「ええ、辺境伯家にたいしての狼藉が目に余ります。頭を冷やさせましょう。後で冒険者ギルドにたたきつけてきますね」

 ノア。大きくなったのねと感動していると、更に感動した様子のハイディが目に入った。

「お前、そんなことができるのか」

「当たり前でしょう。これ以上仕事の邪魔をされてはかないませんからね」

 その返答はどうなんだろう・・・

「ふうん」

 ハイディが、なんだか嬉しそうに目を細めた。それに気づいたノアがわずかに腰を上げて逃げ出す寸前だ。いや、ここで逃げられちゃ、わたしが困るわ。

 ハイディはあまり口数が多い方ではないけれど、もともと可愛いものが好きなのは確かだろう。

「とりあえず、当主を説得すればいいんだな?」

「ええ、お願いします」

 でもハイディ、ノアの腕を掴んで言うのはどうかと思うわ。

「わかった。お前も来い。お前がいればあの変態が近づかない」

「いやまって! ちょ、力つよっ!」

 どうやらだいぶ彼女に気に入られたらしいノアが、ずるずると引きずられる。

「リーナ助けて!」

「でもノア、伯爵令嬢に無礼は出来ないわ。わたし、平民だもの」

 なおも何か言い募る彼を無視してわたしは軽く手を振った。

 巻き込まれちゃたまらないわ。


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