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これは優しいお話です  作者: aー
招かれざる客
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結婚式に間に合ってしまった男

 次期辺境伯の結婚式事態は小規模だった。

 場所柄、お客様を呼ぶこともないので全員が顔見知りしか参加しない。神官も他の街との兼任の方がわざわざお見えになって、忙しいと言ってその日のうちに帰ってしまった。

 結婚式の後の食事会はガーデンパーティーだ。花壇に花はなかったけれど。なにせたくさんの人を入れても大丈夫な大きい部屋がなかった。現在使用できる部屋は限られているのだ。

 主役の二人と伯爵夫妻、そしてベルノーラ商会の商会長たる大旦那さまが化け物級に吞みまくり、他の人はいつ魔物が出てもいいように酒は控えていた。

 一見朗らかな空気の中で、ときおり光が飛んでいくのは見なかったことにした。

 誰だ、祝いの席で武器を振り回しているやつは!

 閑話休題。

 ただ、民へのお披露目は四日間かけて領地を隅々まで回るらしい。

 次の世代を作る二人の姿を見せつけるためだと言われた。

 疲れ切った様子を見せない二人に感心しながら、ちらりと斜め上を見上げる。

 辺境伯家唯一のご令嬢が死んだ目で立っていた。

「なぜ間に合ってしまったんだ」

「まあ、順当な日程ではありましたね」

 ここ連日、それこそ結婚式前日深夜に帰ってきてしまった男により、毎朝特攻を仕掛けられるハイディ。相手の男はとりあえず冒険者ギルドで様々な手続きをしているらしい。昼間は比較的安全なのだという。

「せめて花嫁にアレを見せたくなかった」

「しかし花嫁さまに、あそこまで同情されるとは・・・ハイディさまは大変ですね」

 早朝に侵入してきたスヴェンにいち早く対応したのがまさかの花嫁だった。勇ましく片手剣で応戦する花嫁に、さすがのハイディもまずいと思ったのか、スヴェンにげんこつを落として追い出したらしい。

「花嫁さまが怪我をしなくて良かったですね」

「まったくだ。ウィローが気に入った相手に怪我をさせたら、私がどんな目に遭うか・・まったく、何がしたいんだあの賊は」

 賊っていうか、違う国の結構良い家柄のお坊ちゃんらしいですけどね、とは言えない。

「強さこそ正義。しかし方向性が違うとここまですれ違うとは・・・それよりスヴェンは、昼間はあまり来ないのですね。それが少し意外です」

「昼間はしっかり働き、包容力のあるところを見せたいと言ってきた。意味がわからん」

 意外とけなげだな、スヴェン。

「とりあえず式は終わり、明日から遠くを回るお二人の邪魔にさえならなければ良いのでしょうが・・・いっそのことハイディさまがちょっと遠くへ行ってみるとか」

「ダメだ。この地から離れることはしない」

「そうですか」

 まあ辺境を守るための一族だから、下手に離れてはいけないということなんだろう。でもハイディ。ちょっと鏡を見て。目の下酷いクマだよ。

「ああ、ここに居たんですね。ハイディ様、リーナ」

 精算のための書類だろうか、ノアが重そうな荷物を抱えて歩いてきたので、そのまま応接室に向かった。どこからともなく数少ないメイドがいそいそとお茶を出してくれる。

 人件費削減のためにメイドたち使用人も少ない人数で活躍しているらしい。ハッキリ言ってベルノーラの屋敷の方が人数が多いほどだ。

「ベルノーラ商会より、今回はかなり色を付けてよいとのことでした。大旦那様にもしっかり確認を取り、今回の婚姻にかかった費用はこれで・・・」

 ハイディが一瞬白目をむいた。先日まで借金まみれだったうえ、花嫁に少しでも快適生活を約束するために屋敷内の補修や、臨時で雇い入れた人件費なども考慮すると、かなりの出費だろう。

「父上たちにも見せよう。しかし、思ったほどはいかなかったな」

 そう言うわりには鉛でも飲み込んだような顔だ。

「ベルノーラ商会は、この婚姻を喜んでいますからね。これから辺境伯家が元気になってくれて、貿易がもっとやりやすくなれば、こちらにも利はありますから」

「そうか」

 ふむふむと頷くハイディの後ろからそっと手が伸びてきた。

「あらスヴェン、昼間は来ないのではなくて?」

「俺の知らない男が、俺の大事な子に近づいているって影が教えてくれたから戻ってきた」

 突っ込まないわよ、あえて聞かないわよ。

「誰がお前のだ!」

 それまで大人しかったハイディがくわっと怒鳴り、それを見たノアがドン引きしている。

「お前、だれ?」

「僕はノアと言います。ベルノーラ商会のものです。書類をお返しください」

「いいけど。ずいぶん安上がりな結婚式だね。うちだと最低でもこの四倍はかけるよ?」

 スヴェン、素直なのはあなたの美徳だけれど、あなたの傍でショックを受けているハイディに気付いてあげて。

 辺境伯家ではこれでも頑張ったのよ。

 なにせ庶民は結婚式と言っても食事会みたいなのをやっておしまいだ。ドレスだって代々来ているものを詰めなおして着たりするのだ。お金なんて食費ぐらいしかかけない。たいして、どれだけ貧乏でも一応貴族たる辺境伯家がそんなことで済ませられるはずはない。

 しかし税収だけでは、貴族といえ生きていけるほどこの世界は甘くないのだ。

 なんせ税収も、大半が王都へ取られてしまうからね。

 今回の結婚にかかった費用は辺境伯家が手にするお金の三年分はかかっている。

「あなた様がどなた様かは存じませんが、花嫁が納得し、辺境伯家が納得したものならばよろしいと存じます」

 静かだが、わずかに苛立ちを含んだノアの声が響いた。


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