ジャナ・バルドメロ2 sideジャナ
三日後、早すぎる出立は家族総出で見送ってくれた。荷物が多すぎると森を抜けられないから、花嫁とは思えない少ない荷物で移動することになった。
森に入り数日、どこからともなく襲ってくる魔物を屠りながら進んでいると、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「バルドメロ殿、まずいです。まずは身を隠せる場所を探しましょう!」
この森で雨は死に直結する危険な存在だ。しかし同時に水を確保するチャンスでもある。
小さな洞窟を見つけて、お供とともに身を隠す。がさり、さがりと嫌な気配が近づいてくるのを感じ、必死に気配を殺した。
しかし運悪く供が見つかってしまい、大きな声をあげてしまった。
声は他の魔物まで呼んでしまうから絶対にあげてはいけなかったのに。
「くそっ!」
連日に及ぶ工程ですでに体力は限界だった。雨に邪魔されて足元はぬかるみ、思ったよりも剣を振るえない。
ここまでか。
そう思ったとき、ふわりと甘い香りがした。
まさかと絶望に囚われた。だってこれは、魔物呼びの香!
一体誰がとあたりを見渡すと、すぐ近くに見慣れないシルエット。
まるで体重を感じさせない素早い動きで敵を屠っていく姿に息をのむ。
わざわざ敵を呼び寄せて掃討するのに時間もかけない。ある程度片付いたら香りが消えた。腰のあたりに何か細工があるようだ。
ただ一人が剣を振るっている。アレは普通の剣ではない。キラキラと光を放っているところを見ると魔法剣だろう。ふと被っていたフードがずれて顔があらわになった。
赤茶色の髪は焼け焦げた大地のようで、瞳は私よりも暗いブラウン。
話には聞いていた。全身に刻み込まれたタトゥーの数は、数え切れない。顔にも、耳にも、喉にも、指先に至るまで黒いタトゥー。スタンピードで死んだとしても体の一部でも残れば、本人確認できるように、生まれてすぐに刻むと。
そこに男女の差はなく、女児であろうと全身に入れる。全員異なる模様にするらしい。そうすれば複数が同時に死んでも判断できるから。
だからこそ、人とは思えなかった。
そのしなやかな力強さも、その熱を持たない瞳も。
いつしか戦いは終わり、男が私の前に立った。
「・・・君がジャナ・バルドメロ?」
「は、・・・はい」
淡々とした様子は普段からこうなのだろうか。激しく戦った後であることは、魔物の死骸を見ればわかるのに、どうしてか信じられなかった。
「そう、俺はウィロー。ようこそ、俺の花嫁」
この男に嫁ぐのか。こんなに強くても生き残れないかもしれない世界なのか。
「よろしくお願い申し上げます。旦那様」
男は少しだけ首を傾げ、それからふっと笑った。
「いいね、気に入った」
何がだろう?
「ドレス作るんだって。本人が居ないとわからないことがあるから連れてこいって言われたんだ。一緒に来てくれる? 最短で屋敷に連れて帰ってあげるよ」
ドレスとは、私の花嫁衣裳のことだろうか。自慢じゃないがデビュタント以来ドレスは着ていない。こんな筋肉ダルマに似合うドレスなんてあるだろうか。
そんなことを考えながら、差し出された手を取った。
「俺たちは先に行くから、あとからついてきてね」
「え」
供が驚いたように声をあげたときにはすでに、彼は走り出していた。私を横抱きにして。
「旦那様、彼らだけで抜けられますでしょうか」
「大丈夫、後で別のが迎えに行くから。先に君を連れて帰らないと、小さいお嬢さんとかが怖いんだ」
小さいお嬢さん?
「ところで、俺のことはウィローでいいよ。まだ爵位は譲られていないし、しばらく譲ってもらう予定もないし。君のことも名前で呼ぶから」
「了解しました、ウィロー様」
何を思ったのか、彼はぴたっと足を止めた。ジッと私を見つめて、しばらくして口を開いた。
「君は俺の嫁だよね?」
「はい、王命にてまかり越しました」
「ふうん?・・・・まあいいか」
何だろう、また走り出した。
素直に従うなら地下牢に入れなくていいかと納得したらしいことは、数十年後に発覚する真実だったが、今はまだ、私は何も知らなかった。
その後何故かボロボロになった幽霊屋敷みたいな場所に連れていかれ、ここが家だと言われて、我が家よりも厳しい経済状況とか、いろいろなことに驚いたのち、小さなお嬢さんに出会った。
「ごきげんよう、わたくしはリーナ。ベルノーラ商会から参りましたの。花嫁衣裳を、こちらのノアとともに担当いたしますわ」
王都でも話題になっていた、あの黒の少女と対面するとは思わず驚いた。
話に聞いていた以上に落ち着きのある少女だ。噂にきくかぎり見た目通りではないのだろう。
「お初にお目にかかります。リーナ嬢、ノア殿。私はジャナ・バルドメロと申します。このたび、辺境伯家に嫁ぐことになりました」
少女が満足そうに微笑んだ。
まさかそんな少女に数十分後、服を向かれて全身くまなくサイズを測られ、今日中に好きな布とレースを決めろと迫られるとは、この時はつゆ知らず。
なんとかこの恐ろしい辺境で生きていこうと心に決めていたのだった。




