ジャナ・バルドメロ sideジャナ
噂には聞いていた、体中に彫物をしている男たちの一族。
人間だろうが魔物だろうが、敵に対して容赦をしない、命がけで戦う戦士。
それは憧れると同時に畏怖の対象だった。
騎士を代々排出する家の次女として生まれ、姉や兄、弟たちと切磋琢磨し、無事騎士爵を得たのが三年前だった。高位貴族の女性を守る専属護衛として活躍し、これからもこんな風に生きていくのだと思った。
家は兄が継いでくれるし、甥も生まれたから大丈夫だと思っていた。
自分は口が下手で、人と付き合っていくのは苦手だった。剣を振るっている時が一番楽しかった。それなのに。
「・・・今、なんと?」
「君を、辺境伯家に嫁がせるように王家から命が下りました」
私を長年使ってくださったご令嬢が心底悔しいという顔でドレスを握りしめている。その父親である侯爵が悲しそうな顔で首を横に振った。
「逆らうことはできないんだ。今回はどうしても花嫁が必要らしい」
前回、もう何年も前になるけれど、辺境伯家は一人の貴族女性を攫った過去がある。
以来、一度も生家に帰っていない美しい女性の話は物語となり多くの人が知っていた。
「君は本日をもって実家に帰りなさい。騎士爵はそのままで、嫁いでくるようにとの達しだ」
ガラガラと音を立てて足元が崩れたような気分だった。
今朝までは普通だった。それが、普段明るい時間は王城で職務についているはずの侯爵が慌てて帰宅し、今に至る。
「・・・ご命令のままに」
どうやって実家に帰ったのかは覚えていない。
荷物は侯爵が手配して送ってくれたらしい。お嬢様をお守りするために住み込みんでいたから、それなりの荷物だったろうに。
最後にお仕えしていたお嬢様が泣きながら私の名前を呼んでいたのは、耳に残っている。
「ジャナ」
「父上・・・どうして私なのですか、もう二十六ですよ? もっと若い女でいいじゃないですか」
「ジャナ」
静かな声で私を呼ぶ父の声に、ふいに涙があふれた。
「私は騎士です。護衛騎士として、次期王妃となられるお嬢様をお守りすることが、私の生きる道です! なのに、どうして!?」
「ジャナ、嫌なら断っていい」
はあ?
顔をあげると、今にも死にそうな顔で私を見つめる父がいた。近くには黙ったまま涙を流す母。王命に背けば命はない。これは断れる話ではないはずだ。
「私たちはお前がどれだけの努力をつんで今日までやってきたのかを知っている。お前がどんな時でも涙を見せないように歯を食いしばってきたのかを知っている。そんなお前がこんなふうになってしまうほどの命令ならば、断っていい」
いいわけがない。それなのに、まるで誰かが死んだような顔で笑うのだ。
「私たちがなんとかするから、お前は逃げなさい」
「どこに・・・ですか」
「私の知り合いが隣国にいる。渡航できるよう手配した。これをもって国境に迎え」
そんなことをしたら、一族皆殺しになってもおかしくない罰を与えられるだろう。それなのになぜ笑っているのだろう。
「私たちは最後まで王の剣でありたい。だが、剣はいつか折れるものだ。お前の剣は陛下たちが自ら折ってしまわれた。もう頑張らなくていい」
それを聞いて、私はまるで小さい子どもに戻ったみたいに声をあげて泣いた。
泣いて、泣いて、たくさん泣いて喉が枯れたころ、母に抱かれた。騎士ではないただの女は柔らかくて、私とは全く違った。
「どうして私なのですか」
「お前なら生き残れるからです」
「どういう意味ですか、母上」
泣き疲れてぐったりと体を母に預ける私に、母は静かな声で言った。
「辺境伯家はとても苦しい世界です。いつ誰が死んでもおかしくない。すでに辺境伯家は子供を二人亡くしています。次は誰なのか。それに怯えることも許されず人々を守るために戦います。お前なら、護衛はいりません。自らを守れる強さがあれば、たとえ最後の一人になっても生き残れます」
なんだその地獄。
「私に、そこに行けというのですか、母上。私は針仕事も出来ないし、女らしいこともできません」
「でも生き残れます。辺境伯家は、これ以上無駄死をさせたくないのでしょう。死ぬ心配のない花嫁がほしいのでしょう。お前の強さを認めたから、選ばれたのです」
母上、ちょっと後ろを振り返ってほしい。父上がぎょっとした顔でこっちみてるから。
「ジャナ・バルドメロ。このバルドメロ家の娘として、最後まで戦い抜きなさい。お前はわたくしたちの自慢の騎士よ」
そんなことを言われたら、逃げることなんて出来ない。
騎士以外の生き方なんて知らないのだから。
いつも穏やかで静かな母の言葉とも思えず、私は気付いたら頷いていた。




