花嫁衣裳を決めましょう。花嫁いないけど
「えー・・・現在の花嫁用のドレスですが、このような形と、それからこちらが人気となっております。ただ、どちらも着る方のご様子に大きく影響を受けまして・・・まあ、わかりやすく言いますと、本人不在でお決めになるのは難しいかと。せめてサイズがわからないと何とも」
ノアが困ったような顔でキョロキョロ周りをみている。
そりゃあそうだろう。刺青だらけの男たちにこれでもかと近寄られ、穴が開くほど見つめられているのだ。
「ドレスなど、調節できるであろう」
「奥さまはそうかもしれませんが、お聞きしたところ、花嫁は騎士爵をお持ちだとか。平均的なご令嬢がお持ちでない筋力があるやもしれません。そうすると、こちらのドレスは袖が入るかどうか・・・せめて身体的な情報をもっといただけませんと調節すらできません。ここは王都と違い、何十人もすぐにお針子を用意できるわけではないのです」
オドオドしていても、言うことは言う。さすがノアだわと感心していたら、ハイディが不思議そうに首を傾げた。
「とりあえず、白い布でも巻いておけばいいじゃないか。あとはリボンとかでごまかせば」
「ハイディさま、淑女失格です。もう男性以下です。最低です」
「え」
それはないよ。何よ、白い布でもって・・・
「ハイディ様、よろしいですか?」
あれ、ノアの声がちょっと低くなった。
「花嫁衣裳は花嫁にとって何よりも大事なのです。今回の女性は無理やり連れてこられるのでしょう。ただでさえ傷ついておられるはずです。騎士としての夢も捨て、見ず知らずの男に嫁がされ、あまつさえドレスまで適当とは、花嫁を大事にしないつもりであると公言しているようなものです。ただでさえ悪名轟く辺境伯家の名に、更に泥を塗るおつもりですか。興味がないのであれば出てお行きなさい」
最近ノアは女性恐怖症気味に加え、仕事を邪魔されて苛立っている。
ちらりとハイディを見上げると、ああ、すごくショック受けてる。この人言葉が足りないからな・・・別に興味がないわけじゃないんだ。むしろ知らない世界に兄妹揃って興味津々だよ。
「おそらくイメージがわかないのではないかしら。例えばそうね・・・」
わたしは仕事カバン(普段ネッドが絶対に持たせてくれない重たいカバンだ)から人形を一体取り出した。人形は子供デザインと大人デザインの二種類を持ち歩いている。
主にテラの衣装を考えたときに見本にしやすいように手芸セット付だ。
「こんな風にちょっと胸元と肩を大きく出して、もし背中も自慢だったらこんな感じで・・・背中でリボンを結ぶようにして、ほら、これならどうかしら。でもこれは背の低い女性がやると残念なのよね」
ハイディがおおっという感じで人形を手にする。
「これならリボンの色を変えるだけで印象が変わるから、売るときも便利だわ」
「ちなみに何色のリボンを考えているの?」
「あら、なんでもいいのよ。お相手の瞳や髪の色を取り入れれば、とても分かりやすいでしょ? お相手の方も、ネクタイやハンカチーフを女性の色にすればいいの」
「その案はすでに運用されてるけど・・・まあ、悪くないね」
ノアの機嫌が直ったらしい。
地味にノアに興味を持っていた辺境伯家の面々がホッと息をつく。
こういう弱そうな男と関わることは滅多になく、珍獣を見ている気持ちだったのだろう。
一見弱弱しくても、ベルノーラ商会でやってきた男だ。ただの軟弱者ではない。なにせ今や大旦那さまともお酒を呑む仲にまでなったのだ。将来有望すぎる。
「あとは花嫁だけど、どうせなら希望を聞いてあげたいな。何か手紙のやり取りはないのですか?」
「うーん・・・手紙は苦手で、何を書けばいいかわからない」
花婿が適当なことを言うので、またノアの機嫌が急降下している。
「じゃあ今から書いてください。ネッドさん、それを届けてほしいのですか」
「人を手配しよう。俺はお嬢さんから離れないから」
離れられないじゃなくて、離れないと言い切るところが怖いところだ。
「お願いします」
ノアが一瞬真顔でネッドをみたので、おおかた「こいつのストーカー度上がってないか?」と思ったことだろう。わたしもそう思う。
「今はもう、森に入っているのでは? それなら、もういっそのこと連れてきてしまえばいいじゃない」
「それはそうなんだけど、花嫁だから荷物はたくさんあるだろうし・・・」
「荷物はあとから届くようにすればいいわよ。どうせなら花婿が迎えに行くことが一番なのだけど・・・」
「・・・別にいいけど、今はスタンピードもないし」
なんで俺が? って顔をしないでほしい。あんたの嫁よ。
「それに騎士ということは強さに憧れているかもしれないわ。強いところを見れば、案外夫になる男性を好きになるかも」
また辺境伯家の面々がわかりやすく納得した顔だ。
「逆に恐怖を覚えない程度にしてくださいね」
ノア、せっかく乗ってきたんだから余計なことは言わないで!
「大丈夫。万が一の時は孕むまで地下牢に入れるだけだから」
「お前もう出ていけ」
「ノア、腐っても花婿よ!」
「お嬢さんもいろいろ酷いですよ」
そうかしら?
とりあえず花婿を部屋から追い出して、無謀な話し合いはしばらく続いた。




