しつこい男は嫌われますよ
「ごきげんよう、スヴェン」
「あ、リーナ! おはよう」
いつものように無表情ながら、声がウキウキしているという矛盾を持つ男、スヴェンがやってきたのは一般的な朝食が終わる頃だった。
「あなたにお話があるの」
「依頼? いいよ」
「依頼だとしても、内容を確認してください」
「リーナは金払い良いから」
うーん。わたしには基本的に無害なんだよね。
しかし、とハイディの様子を思い出す。
「文を届けてほしいの。王都まで。あと、帰りに荷物を受け取ってくださる? 依頼料はもちろん二回分お支払いします」
「いいよ」
スヴェンが軽く頷くと、わたしは用意していた手紙を彼に渡し、前金を払った。
「あ、でもまって。ハイディに伝えてから行ってくるね」
当たり前のように呼び捨て・・・
「ハイディ様はご存知です」
「もう、リーナはまだまだ子どもだ」
「何がですか」
なんだろう、この余裕を持った様子は。どうしてこんなにイラっとするのかしら。
「急に俺が来なくなったらハイディが心配するだろ? ちゃんと一言伝えないと」
「しかしハイディ様はすでにご存知ですから、心配はなさらないかと」
「はいはい。ちょっと待ってて」
足止め失敗。ため息をついて彼が歩いて行った先を見やる。三分くらいして、どこかの部屋の窓ガラスが割れる音が響いた。
「じゃあ行ってくるよ」
何故か満足そうな顔でわたしの前に再び姿を現した男に言う。
「スヴェン、しつこい男は嫌われますよ」
「しつこい男だなんて照れるな、でも君のネッドには勝てないよ」
うーん。手ごわい。
スヴェンはひらりと手を振って、次の瞬間にはもうどこにもいなかった。
「まあこれで、一月は安心ですね」
しばらく帰ってこないといいなと思いながら伯爵家の中に戻ったら、肩を怒らせるハイディがわたしを睨んだ。
「どうにかして!」
「今王都に追いやりましたよ。いったい何があったんですか?」
「あの男、会うたびにしつこい! 毎回私を馬鹿にして、今日だって!」
こんなにも感情を爆発させる彼女の姿は、初対面の時からすれば別人みたいだ。これが良い変化なのかはわからないけれど。
「ハイディ様。とりあえず帰っていいですか」
「だめだ。今度花嫁が来る。その準備を手伝ってもらいたい。お前がうちの手伝いをしているとわかれば、街の者は見方を変えるかもしれない」
おや、そんなまっとうな理由もあったのかと驚くが、いつの間にか後ろに控えていたネッドが静かな声で言った。
「たかがキスの一つで窓ガラスを割るなんて、あなたいくらかかると思っているんです。借金まみれの伯爵家が窓ガラス割るとか、いい加減にしろよ」
「う、うるさい! 借金は全部返したじゃないか!」
借金まであったのか、伯爵家!
「ん? キス?」
「お前もうるさい! いいからこっちに来て!」
顔を真っ赤にしたハイディがわたしの手をひっぱって歩き出す。実は全然痛くないように気を付けてくれているようだ。
それにしてもスヴェン。しつこいを通り越して、痴漢みたいだなって思った。次に会ったときは一応説教しよう。




