アレクの涙
私よりはしっかりした体を持っているアレクが、私を抱きしめて震えながら静かに泣いている。これは怒りとか、悲しみとか、悔しさを持っている涙のようだ。
証拠にとっても怖い顔で歯を食いしばっております。
いや本当に怖いって。ただでさえ普段はとっても優しい紳士なのに。
「泣いているの?」
「私じゃない」
「あら、雨でもふってきたのかしら」
「雨だ」
いや無理があるだろうよ。
でもきっと、この涙は私のためだ。
気づいた時にはテファの前に飛び出していた。彼女は今も茫然と、でも私を見て酷くショックを受けている。
「たいへんね。草ぬきをいったん、お休みしなくちゃ」
短剣は確かに脅しに使われた。でもそれに気づいたのはずっとあとだった。髪を少し切られてしまったようだ。
今日は作業のためもともと左右におさげをつくっていたが、左のおさげが無くなって、首もとが少しすうすうした。
「・・・テファさん、動けるなら、みんなを呼んできてください。お茶に、しましょう」
アレクがなんどもつっかえながら、それでもそう言うと、テファが深々と腰を折って歩き出した。最初はのろのろと、でも次第に一生懸命走る後姿が見えた。
「今日のお茶のお菓子はなにかしら」
「・・・マフィン」
「わたし、マフィンすきよ」
「知ってる」
ぽんぽんと彼の背中を叩くと、アレクはようやく私から体を離した。
横眼から見えていた怖い顔じゃなくなったけど、今ではまるで迷子の子どものよう。
「ありがとう、アレク。わたしは、だいじょうぶよ。テファさんが来てくれたの。ほかの人も、来てくれたの」
だから大丈夫、ありがとう。
よしよしと頭をなでると、アレクがその手をとってギュッと握った。そのまま口元に手を運んでちゅっとキスをする。まるで騎士の誓いのようだけど、正直腕が痛い。というかさっきまでその手で草抜きしていたから青臭い匂いがすると思うんだけど・・・ちょっと恥ずかしいわ。
「私が守るって決めていたのに」
「きてくれたわ」
「何もできなかった」
「おしごとを、いっしょうけんめいしていたからよ」
「何も守れなかった」
どうやらアレクにとってトラウマ並みによろしくない事態のようだ。髪をちょっと切られたぐらいなんだけどな。
「だいじょうぶよアレク。かみは、またのびるわ」
「女の子が大丈夫とか言わないで! 全然大丈夫じゃないんだよ!」
いやまあ、でもほら、子どもの成長って早いっていうし。
「ごめん、リーナ。君に怒鳴るつもりはなかったんだ。ごめんよ」
再びしくしく泣き出すと、アレクはまた私を抱きしめた。
御屋敷からワイズさんが、そしてギルドからはアーシェが。なによりなぜかシシリーまで飛び込んでくるのはそのすぐ後の事だった。




