手紙を出しただけなのに
後見人になってくれたことに関するお礼と、調べたことの進捗を知らせるために出した手紙を届けてくれたのはスヴェンだった。
彼ほどの強さがあれば、伯爵のもとに届くと思ったの。
けれど、事態は意味の分からない方向へ進んでしまった。
彼は確かに手紙を届けてくれたが、その夜、伯爵令嬢に惚れたことを報告してきた。
ちょっとまって、なんでそうなるの?
というか、彼女はわたしの前ではとても静かな女性だったわ。確かに父親や兄弟に説教はしていたけれど、誰彼かまわず攻撃したり、次こそ殺すなんて狂暴な発言をするような人じゃない。一体何をしたのか心配になって、翌日黒服に再度手紙を運んでもらうように頼んだ。
その日の夕方、黒服が珍しく、それも盛大にわかりやすくため息をついた。
「お嬢さま、あのガキ、随分とご令嬢を激怒させたようですよ。次に気配を感じたら殺してやるとまで言っていました。一体何をしたんです?」
わたしが送った手紙の返事はただ一言「死」という意味をもつ文字が、何かの血を使って書かれていた。
「これ。まさか・・・?」
「あー・・・いや、これは獣の血を使ったんでしょう。しかし伯爵令嬢ってこんなえげつない手紙書くのか。女って怖い・・・」
女をひとくくりにしないで。
「彼にはしばらく近づかないように言わなくちゃ」
でももう、屋敷を出て行ってしまったし、どうしようかしら。そう呟けば、小さい声で「無理じゃね?」と返された。
わかってるわよ。
「お呼び出しですか」
「君、何をしたの? 彼女から直々の指名だったよ。武装解除してやるから今すぐ連れてこいって」
数日後の早朝、いきなり起こされたわたしは、眠気眼で大旦那さまの部屋に連れていかれ、ため息をつく、色気むんむんな老紳士に言われた。
大旦那さま、夜着がみだれていますよ。年齢の割に良い腹筋ですね。
「ちなみにどのようなご様子で?」
「うーん。泣きべそかいてたらしいよ。私はまだ眠いから、君、行ってきてね」
そりゃあ重大だ。あのご令嬢が泣きべそとか。なにそれ怖い、絶対スヴェン関係な気がする。
「いたいけな少女になんて酷なことを」
「はいはい。朝ごはんは持たせてあげるから、行きなさい」
そのままずるずると布団の中に隠れてしまった。ちっ、うらやましい。
そして少しして、わたしはネグリジェ姿で伯爵家を訪れた。
せめて着替えぐらいさせてよって思ったけど、ドレスは伯爵家が用意してくれたらしい。
「うちの子にはあまり似合わなかったのだけど、お前にはまあ、悪くないわね。これだけは売らなくて良かったわ」
伯爵夫人が満足そうにわたしを見た。なんだか不思議な人だ。先日会ったときはあれだけ殴られたのに。
「ありがとう存じます」
屋敷を出る時に持たされたサンドイッチをもぐもぐ食べていると、年かさのメイドがお茶を淹れてくれた。目が合うと嬉しそうに笑う。
「お小さい方がいらっしゃるのは、久方ぶりでございます。お嬢様、甘いものはいかがですか?」
子どもに飢えているらしい。
「では、そちらのクッキーをください」
「はい、どうぞ」
お互いニコニコ笑いあっていたら、今まで無言だった伯爵令嬢ハイディがムスッとした顔でわたしのクッキーを横取りした。
「お前、何をしに来た」
「あなた様に来いと言われましたので」
「では私と話をすればいいだろう!」
「今しております。だいたい、子どものお菓子を奪わないでくださいませ」
ハイディはなぜか奪ったクッキーをわたしの口元に運び、手ずから食べさせる。ちょっと歯に当たって地味に痛いんですけど!
思ったより硬いな、このクッキー。
「それで、いったいどのようなご用なのですか」
「そんなことより、私が六つの時のドレスが合うなんて・・・お前、小さいにもほどがあるんじゃないか?」
レースもリボンも少ないから、まさかそんな子供用なんて知らなかったよ。この屋敷では小さいときから対魔物用の訓練をするらしい。そのために装飾品はあまりつけないのだとか。
「・・・可愛らしいドレスを、ありがとう存じます。それで、ご用件は?」
「あの男が毎日やってくるんだ」
それはもう疲れ切った様子で、絞り出すように話し始めた。




