これが本当の恋というものか sideスヴェン
全身に刺青を入れた女を見たのは初めてじゃない。
俺の国にも何人かいた。
でもあの、人を正面から見つめる暗い色の瞳は綺麗だと思った。
辺境伯令嬢、ハイディ。
赤茶色の長い髪を高い位置でまとめ、彼女は大きな槍を構えた。
「リーナに、手紙を預かってきたんだ」
「お前が勝ったら聞いてやる」
いやいや、手紙を届けに来ただけなのに。
リーナは相変わらず俺を簡単に雇ってくれるから、ギルドの実績もいい感じにあがっていく。そのうえ金払いもいい。素敵な関係だ。
ただ一つ惜しむことがあれば、もっと戦闘系の依頼も欲しいなってことなんだけど。
その女が綺麗に構えたので、俺も無意識に剣を抜いていた。
たまには楽しめるかもしれない。
「まあ、いいよ。遊ぼう」
わずかに眉を寄せた女が先に動き出した。
勝負は一瞬でつくだろうが、それでは面白くない。
俺は口元に笑みが広がるのが止められなかった。
「スヴェン、なにかいいことがあったのかしら? 今日はなんだか浮かれているのね」
「うん、運命に出逢ったんだ」
天井裏に控えていたヤツが、ナイフを一本落としたんだけど、なにあれ?
奥さんに貰った高級ワインを飲んでいたのに邪魔しないでほしい。
「まあ、運命ですって? あなた、そんなに夢見る人だったかしら?」
「ううん。俺はいつでも現実を直視するよ。でもリーナ、君が出逢わせてくれたんじゃないか」
なんのこと? と首をかしげる少女にお礼を伝える。
「ハイディのことだよ。彼女は俺の運命の人だ。初恋なんだ」
ただでさえ大きな瞳をこれでもかと大きく見開いたリーナは、しばらく言葉を探していたようだ。
「そうなの。それで、彼女はなんて?」
「次こそ殺すって! あんなに大きな声で俺に伝えるなんて、熱烈だよね。ああいう気の強い子、好きだな」
お互い暴れまくって衣装も髪も酷い有様になったけど、後悔はない。
まるで獣の咆哮のような叫びが耳に残っていて、ドキドキした。
「・・・まあ、そうなのね。あなたも強い人だから、きっと相手にも強さを求めるのね」
「うーん。今まで付き合った子はそんなタイプじゃなかったんだけど、俺、彼女みたいなのが好きみたいでさ。これが恋なんだね。彼女のことを考えると嬉しい気持ちになるんだ。まるで強敵の魔物を前にしたみたいに!」
あれ? リーナの後ろにいつのまにかネッド。なんで君、そんな蛆虫を見るような目で俺を見るの? 君ぐらいの変態さんにそんな目を向けられるのは心外なんだけど。
「・・・それは、恋なの? 強い敵に遭えた嬉しさとは何が違うのかしら?」
「彼女の目が忘れられないんだ。それにね、リーナ。恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだよ!」
「そう・・・わたしにはまだ難しいわ」
そうだよね、わかるよ。君はまだ子どもだもの。
「また明日、デートするんだ」
「・・・・え」
「そうなんだよ! また会う約束をしたんだ。次こそ殺してくれるらしいよ。もう、可愛いよね」
全身で激しい呼吸をする姿にゾクゾクした。またあの姿を拝めるなんて、興奮する。
「好きな人を傷つけるのが、あなたの趣味なの?」
「ちゃんと上級ポーションもって行くから死なせないよ。あんなに素敵な女性に死なれたらもったいないじゃない。ああでも・・・俺がこの国を出る時は連れていきたいな」
うっとりと呟くと、リーナが無言でワインをついでくれた。
「とりあえず、飲み切っちゃって」
「うん、ありがとう!」
素敵な人を紹介してくれてって言うと、リーナが静かに笑った。
相変わらず大人びた子だなって思ってワインを飲みほしたんだ。




