想い人の気配 sideアレクセイ
聖域という意味を持つナーオスに来て早数か月。
近衛騎士を辞めた私は、商業ギルドで裏方として働いていた。
というのも、カウンターに座れば男女関係なく列をなすのだ。仕事の話ではなく個人的な問題ばかり。なんなら自分の娘や孫を押し付けようとする男たちも少なくない。
ナーオスでは、若い男は貴重なのだろうかと思ったら、優男が貴重なだけだとユネ・バントスにばっさり切り捨てられた。
そういうものか。
ということで、算術や荷物運び、細々とした雑用を主に扱う裏方になった。
給料は近衛騎士の何十分の一という少ないものだが、娯楽の少ないこの街では贅沢をしなければ余裕で暮らせた。
ただ一つ問題があるとすれば、雪深いナーオスでは空き家がなく、現在宿に仮住まいだということだ。
以前リーナが泊まった宿らしい。食事は悪くないし、ここにリーナが居たのだと思うとそれだけで幸せだ。
なぜか時々バントス家に食事に誘われるので、家庭料理などはそちらで楽しませてもらっている。
王都から逃げてきた私には贅沢すぎるほどの環境だった。
「あんた、そんな薄汚れた格好で何を嬉しそうに笑ってんだい」
嫌そうな顔で私に声をかけるユネに、笑顔を向けた。途端に、部屋にいた別の人間の悲鳴が聞こえたが気のせいだろう。
「ユネ、今日は薪を大量に運んだので汚れました。すみません。でも見てください、コレ! リーナの新作が発表されているんですよ! やっぱりここで働いていて良かった。彼女の新作をすぐに知れますから!」
商業ギルドに努める一番の理由は、リーナの新着情報をいち早く手に入れることができるからだ。
自ら照会するだけ、彼女の情報を手にできるなんて天国だろうか。
「外は猛吹雪だから、気を付けて帰んなって言おうと思ってたんだけど、あんたは一回凍死したほうがいいよ」
「ほらこれ、赤ちゃん向けの新作ですよ! きっと彼女の妹のために開発したんです。仲良くしてるんだなぁ、嬉しいなぁ」
彼女はちゃんと家族に会えたんだ。それだけでも嬉しいのに、妹のために次から次へと新商品を発表する姿は素晴らしいの一言だ。
「あんた、本当に気持ち悪い奴だね。あんたはふられたんだろう?」
「はい、でもいいんです。彼女が幸せならそれで。それにまだ彼女は若い。これからどんなチャンスがあるかわからないじゃないですか」
「なんでそんなに前向きなんだい・・・」
呆れを隠さない様子に憮然と言い返した。
「舐めないでいただきたい。私が彼女に惚れて何年だと思っているんですか。ちょっと失職した程度で彼女の幸せを諦める私ではありません」
「舐めてないけど、気持ち悪いよ」
なんて失礼な人だろう!
でもここで一番リーナの話ができるのがこの人だから許そう。なんだかんだ言って聞いてくれるし。
「それにしても、子供向けのメニューまで開発するなんて、素敵だ」
「ほう? ちょっと見せてごらんよ」
「ああっ」
そう言って私から資料を奪ったユネ。
「これは代わりに戻しておくから、あんたはさっさと帰んな」
「・・・しょうがないですね、ではユネ、また明日」
はいはい、と言いながら背を向けたユネ。
実はリーナが発表した子供向けの新商品の情報を、毎回購入していることは知っている。
なんだかんだ口は悪いが、とてもリーナのことを心配しているのだ。
「そう言えば、次のお子さんは男の子ですって? 生まれたらプレゼントお渡ししますね」
「あんたっ、なんで知ってんだい!?」
だてにベルノーラで学んでない。ここしばらく酒を断っている様子を見ればわかる。それに彼女の娘のホノが、今度弟が生まれるのと言っていたから間違いないだろう。
「妊婦さんなんですから、体を冷やさないでくださいね、ユネ」
ひらりと手を振ってギルドを出た。
「男の子って・・・あたしだってまだ男か女かも知らないのに、どうやって知ったんだい?」
銀色の景色を無理なく歩き出す。ようやくこの雪の世界にも慣れてきた。
深く息を吸うことも難しいこの銀世界で、今日もわたしは彼女を想う。
ネッドさんにはまだ遠く及ばない実力でも、想う力は負けていないぞと心を強く持って。




