クマのお仕事
はじめて出会ったころ、ゴリラのようにゴツゴツしていたラティーフは、いまや髭も髪も伸びてクマのようになっていた。
穏やかな空色の目は相変わらず。シシリーやテラを大事そうに見守る様子は立派な父親だ。
最近は家令の仕事を少し手伝ったり、シシリーのリハビリに付き合ったり、自分の足のリハビリも頑張っているらしい。
朝早くから本や書類に埋もれ、昼にはシシリーやテラのもとに戻り、ゆっくりと昼食を共にとる。夕方からは電池が切れたように深く眠り、それを毎日繰り返す。
落ちていた体力もだいぶ戻ったと主治医が言ったが、まだまだだ。
もともと真面目で、書類仕事にも嫌な顔をしないラティーフは、屋敷の皆に受け入れられているらしい。
二人の体調が戻ったら、もう家に帰っていいと言われているが、大旦那さまが冒険者ギルドに近い家を手配しているらしい。
まだ、わたしと前のように暮らすのは難しいから。少しでも二人とテラの安全が守れるように、見方をしてくれる冒険者たちの近くで暮らすことを提案してくれた。
冒険者ギルドの事務員として働けるよう手配してくれるとも言って、深く感謝した。
「冒険者ギルドっていったら、フレスカさんの同僚になるのね」
「彼は人気があるからな。今から楽しみだ」
「じゃあ早く元気にならないと」
でもこの頃、何故か考え込む姿をよく見るようになった。
「どうしたの?」
「いつになったら帰ってくる?」
「わからないわ、でも、きっといつか帰るわ」
「ほんとうか?」
まだまだ街での様子は芳しくない。わたしを毛嫌いする人は決して少なくないのだ。
「なんとかスタンピードのことを解明して、わたしが危険じゃないことを証明する。そのために今情報を集めているの。それに今度辺境伯のもとに新しい花嫁がくるわ。そうすれば、少しは街の雰囲気も変わると思うのよ」
「・・・そうだな」
いつまでもこの屋敷にいられるわけじゃない。そもそも助けてもらえる理由すら本当はないのだ。
「花嫁が来たら、結婚式とかするのかしら?」
「・・・昔、今の奥方が来たときはしなかった。いや、パレードがなかっただけで、結婚式はあったらしいが。だから街の連中はあまり奥方の顔をしらん」
そんなことしているから変な噂が立ったんじゃ・・・
今度はパレードをしてもらえるようにお手紙を出そうかしら。
貴族の結婚はお金がかかる。お金をかけるほど街は潤い、人々は二人を祝福するのだ。
「ところで、今日はどんなお仕事だったの?」
「算術が主だな。ベルノーラは貴族でもないのに、動かす金額大きすぎて怖いな。俺はあまり算術が得意ではないから、少し困った」
簿記のような知識も必要になるらしいが、本来そのような仕事をする専門の人がいるはずだ。おかしいなと思って部屋の隅に立っているネッドを見やると、彼はそっと笑って首を横に振った。
ああ、勉強ということね。実地訓練みたいにやらせたのか。
「でもできたんでしょう?」
「時間がかかった」
「出来ない人の方が多いわ。わたしも、計算は苦手よ」
「そうか、じゃあ今度教えてやる。一緒に学んでいこう」
なぜか嬉しそうに笑うので、とりあえずこちらも笑っておいた。
何かを一緒にするのって、そういえばすごく久しぶりだ。
「うん」
恐らく、父たちがこの屋敷を出ていく日はそう遠くない。
こんな風に嬉しそうに笑ってくれるのなら、その間にできることはたくさんしておこう。
そう強く思った。




