不穏なお茶会
オウジサマの不機嫌を隠そうとしない顔に、笑いをこらえないネッドを無視しつつ、お茶をいただく。今日はお花祭りだわ。なんて素敵な香りかしら。
わたしとネッド、大旦那さまとオウジサマのたった四人。まるで密会しているようにカーテンを閉めた応接室は、ちょっとどころではない危険な雰囲気が漂っていた。
「なんて香しい。こちらはどこのお茶かしら」
「南の方の茶葉でね、花が開くように香りが広がるんだよ。今度君、宣伝してきてくれる?」
大旦那さまの言葉ににっこり笑う。
「はい、お任せください。ところで奥さまは?」
「ちょっと文を書いているみたいだよ。せっかく誘ったのにごめんねって。あとで一緒に食事にしようと言ってたけど・・・君は疲れていそうだから、先に寝ていいよ」
「ありがとうございます。やはりベッドが一番です。洞窟は足元が固いですし」
「君は慣れていそうだけどね」
おほほと笑ってごまかした。
「ところで、やはりあいつだったのか」
「殿下、このお茶、とても美味しゅうございますわ」
「そんなことより、私の部下はどうした! 取り調べは私が直接すると伝えたはずだ」
「彼でしたら、現在我らの調べを受けています。あんなに都合よく暗殺者を送り込めるのは内部の行動を見ていたもののみと思っておりましたが、まさか殿下が情報をくださるなんて。ああ、ご安心ください。殿下のことは最初から疑っておりませんでしたよ。あなたにそんな大それたことができるなんて思っていませんから」
むすっとしたまま言い返さないオウジサマにネッドは鼻で嗤った。
「ネッド。この人にも事情がおありなんでしょう。アレクをそばに置くくらい、ちょっと変わり者のようですし。きっと何か理由があったのよ」
「君、意外とアレクに厳しいよね」
静かに突っ込まないでください、大旦那さま。
「アレクセイの扱いなど、この程度で十分です」
もう、二人ともうるさいわね。
「それにしても、裏切り者をあぶり出したいから協力しろとは何を甘えたことをと思っておりましたが、なかなか尻尾を出さなかったので時間がかかりましたね」
「暗殺者を用意するのに時間がかかったようだ。あの森には、暗殺者ですら入るのを躊躇するらしい」
その割に遠慮なく切りかかってきたけれど。
へえ。と聞いていないことがバレバレの様子で適当に頷く大旦那さま。協力できるならばする、程度の認識だったため、敵があまりにものんびりしていて興味すらわかなかったとか。ちょっと、こっちは貞子的な意味で恐怖を覚えましたが。
「むしろ、うちを狙う暗殺者のほうがもっと手練れだから、まさかあんな素人が出てくるとか思わないよね」
「聞かなかったことにしますわ」
ベルノーラ怖い。
「お前たちではやりすぎるだろう! 死なれては困るのだ!」
今オウジサマは微妙な立場だから、この機会にもっと失脚してほしい一派がいて、今回わたしとシシリーはそれに巻き込まれたそうだ。どうりで護衛たちがのんびりしていた。
「ネッドは知らなかったの?」
「くだらないことを企んでいたのは知っていたのですが詳細までは。俺は夜だけは屋敷から出るなって言われてて・・・まあ、俺だと関係者含めて殺しすぎてしまうので、今回の措置は妥当かなと」
彼がいつまでも地下牢にいた理由が情けなくて笑える。
「ある意味で信頼されているのね」
「殿下の部下を殺したら、まずいですよね?」
聞くな。
「しかし殿下、直接の被害を受けたわたくしに対する謝罪がありませんわ」
「そ、・・・・れは、すべての事情がつまびらかにされたのち」
「まあ、事情が全て公になることはないよね。あの下手人が生きてこのお屋敷から出られると、本当に思ってはいないでしょう? ここは森に囲まれた危険地区だよ? 王都まで安全に帰れる人間など、減るに決まっているからね。明日の夕方彼は森へ行って“不審者がいないか殿下のために確認”するんだ。そこで不幸な事故が起きてしまうかもしれないし、未来なんて誰もわからないよね?」
聞いてない。わたしは何にも聞いていないーっ!
両耳を抑えてそっぽを向いていると、ネッドが幸せそうなうっとりした顔でわたしの手の上から自分の手を重ねた。
いや、気持ち悪いんですけど。
「・・・せめて、一度顔を確認したい」
殿下はどこか悔しそうな様子で小さく呟いた。
「殿下、こうしませんか」
大旦那さまが腕を広げ、足をことさらゆっくり組んだ。
「取引です」
もう悪役にしか見えない大旦那さまを横目に、いつまでも笑っているネッドを呆れた目で見やった。




