お風呂っていいよね
「この香り、すてきね」
「はい、お嬢さま。美しい白薔薇だけを使った入浴剤でございます。こちらは海辺の街でとれた真珠を砕いておりますのよ。とろっとしたお湯は体を温めてくれますので、しっかりつかってくださいませ」
「薔薇水はいかがですか? 喉が渇きましたでしょう?」
「髪に香油を塗り込みますわ。こちら、シシリーさんとおそろいですのよ」
シシリーはさくっと湯浴みして、おかゆを食べたら眠ったらしい。ヴィルドラさんの話が長すぎて結構な時間が経っていた。
「あまり数が取れず、販売には至っておりませんの」
「少しだけ殿下にわけてあげて。いいお土産になるでしょう」
「かりこまりました。担当者に伝えておきますわ」
ちゃぷちゃぷと水で遊んでいると、少し離れたところで男がこちらを睨みつけていた。
屋敷の黒服たちは、明るい時間は執事のような恰好をしているので、そんな彼らに押さえつけられて跪いている。
「あなた、お名前はなんだったかしら?」
口に猿ぐつわをかまされた男は更に殺意を明確にする。
「アレクセイの後任なのかしら? それにしては躾がなっていないわ」
押さえつけている男たちを振りほどこうと暴れだした男の前まで移動する。
ぎょっとしたように目を見開いた男を見下ろして、メイドが差し出した薔薇水を頭からかけてやった。
この男が今回の首謀者だと知ったのは、屋敷に到着す直前のことだった。
大旦那さまは事前にオウジサマから怪しい人物であることを聞いていたらしいが、わたしには伏せられていた。何があっても切り抜けられるという絶対の自信があったらしい。
たしかに、わたしもシシリーも怪我はない。
怪我は、していないが。
「あの賊を差し向けたのは、お前かしら?」
目を逸らす男の顎に指を添えると、面白いくらい肩が震えた。
「お前の話を聞きたいけれど、きっとわたしには素直にならないでしょう。みな、あとは頼みますね」
声をそろえて「かしこまりました」と返事が返ってきた。
「お嬢さま、そのような格好ではお風邪を召されますわ」
「もう一度入るわ。あとで可愛く髪を編み込んでくださる? 午後は奥さまとお茶の約束があります」
「リボンは何色にいたしましょう!」
「今朝温室に黄色い花が咲きましたの。生花も素敵ですわ」
メイドたちがきゃっきゃっと笑って、一人が温室に向かったようだ。もう一度湯船で体を温めたあと、体中にこれでもかと香油を塗り込まれ、ふわふわのバスタオルを巻かれた。わたしが湯船から上がった瞬間、男の上半身がお湯の中に着けられる。
二人がかりで頭と肩を掴んでお湯の中に入れたのだ。苦しそうに足をばたつかせる姿を横目に着替えを始める。
「お前は感謝することね。もしわたしやシシリーでなく、テラを狙っていたら、今頃首と胴体は別々よ。だって」
目を閉じるとまだ瞼の裏に焼き付いている。
貞子と化したシシリーの姿。本当に、マジで怖かった。今夜夢に見たらどうしてくれる!
「わたしが許さないもの」
でもシシリーは怖かったけれど、彼女がいるのに暗殺者を仕向けたこともわたしは許せないから。シシリーもわたしの大切な家族なのだから。
「まあ、わたしたちのシシリーを危険な目に遭わせた時点で、許す気もないけれど」
くぐもった音が響く中、ニコニコ笑うメイドたちにドレスを着せられる。丁寧に髪を乾かし、手品を見ているような気分になるほど鮮やかに結われていく。
黄色い花と白いリボンで彩られ、靴を履かされて湯殿を出た。
「お嬢さん、奥様のところまでご案内しますよ」
「ご苦労さま、ネッド」
「水責めなんて、よく思いつきましたね」
牢屋にいたなんて思えないほど清潔感のあるネッドに首を傾げつつ、出された手を取った。
「だって、昨日は雨だったのよ。寒かったんだから。お湯なだけましでしょ? お風呂場ならお掃除も楽じゃない」
「そんなお嬢さんが大好きです」
褒められたのかな?
「それにしてもネッド、お久しぶりね」
「お嬢さん不足で何人か殺しそうになりました」
「あらあら、過激ね。ところで、芋のケーキってわたしの分もあるのかしら?」
「シェフに聞いてみますよ」
感謝をこめてニコーって笑うと、ネッドがふっと笑った。
「しかし、俺以外の男に体を見せるなんて、ちょっとなくないですか」
「お風呂は裸で入るものよ」
「浮気はどうかと思います」
「毎晩牢屋を抜け出していたあなたもどうかと思うわ」
「俺のは趣味です」
理解できないわと言えば、お嬢さんがかまってくれないからだと。
いやもう、本当に理解できないよネッド・・・




