助けに来た・・・んだよね? side黒服
ヴィルドラも、ネッドも、小さい頃から生意気だった。
ヴィルドラは変なところにほくろがあるからって、子どもの頃は揶揄われていたが、揶揄ってきた全員を殴り返したところ、気付けばボスのような存在だった。
暗殺も、それ以外の仕事もすぐに覚えた。
ネッドはしなやかな獣のような男だった。誰にも執着せず、誰も愛さない。淡々として、時々欲を吐き出して満足する。そんな退屈な奴だった。
同期の中で生き残っているのは俺と、この二人だけ。後は大先輩か、後輩か。
その後輩は現在、洞窟の奥で怯えたように縮こまって一人の女を見ないようにしている。
シシリーって呼ばれる女。旦那様や奥様の好意で助けてもらえたくせに、まだ調子が戻らなくて、やっぱり頭がいかれちまったのかねって他人事だった。
今朝早く勝手に屋敷を抜け出そうとしたから、俺と後輩が護衛につくことになった。
面倒だなって思ったけど、たまには外に出て現実を思い知るのも悪くないだろうと思ってた。
リーナお嬢さんはベルノーラに莫大な利益をもたらす。だから大事にされて当然だ。その義理の母親ってだけの女を守らないといけないのは正直、つまらない。
自分に大した価値がないことを、守られないと生きてもいけないことを、そろそろ思い知るべきなんだ。
本来俺たちのランクでは二人そろってギリギリ森に入れるくらい、危険な場所。そこで時間をつぶすって聞いたときは、本格的にやべえなって思った。
ただ、旅慣れたお嬢さんは怯えた様子もなく俺たちの指示に従ってくれるから結構やりやすかった。敵に襲われたり、冒険者に助けられたりと濃い一日だけど、明日になれば帰れるだろうと適当に考えていた。
だから、敵が洞窟に入ってきても余裕だった。俺たち二人なら問題なかった。
なかった、はずだったんだ。
突然シシリーって女が敵の足を掴んだ。敵も驚いて上体をよろけさせたから、ここぞとばかりに心の臓を一突きした。首をやったほうが確実なんだけど、血が出るとお嬢さんを汚しちまうから。
よくやったと褒めようとした瞬間、俺の目の前には血走った眼。瞬きすることなく俺を見てる。がりがりに痩せた手で俺の襟首をつかんで、軽く揺らしてきた。
なんでだろう、軽いんだ。力なんて入ってない。いくらでも押し返せる。それなのに俺の体は凍っちまったように動かなくなって、目もそらせなくて。
「うちのリーナに手ぇ出してんじゃねえぞ、くそ野郎が」
小さな声でののしられて、いや俺じゃないって言いたかったんだけど、なんかわからない恐怖が俺の言葉を奪った。
息継ぎすらほとんどなく、たんたんと、本当に小さな声なのに、どんどん過激になっていく言葉の数々。しまいにゃ、子どもには聞かせちゃいけないような下品な言葉もたくさん飛び出してきてドン引きした。
「聞いてるのか」
「ひっ」
「お前のような」
ちょ、あんたの義理の娘がドン引きしてそっちで見てるから気付いて!
あ、ちょっと、あんまりゆすらないで。ちびりそう。
「お迎えに上がりました、お嬢さん」
ふと、なんだか懐かしい声が聞こえた。昨日まで当たり前に聞いていた声だったのに、俺は思わず涙が出た。
「ヴィルドラ! 助けてくれ!」
「いえ、そんなことよりも、シシリーさん、いつまで遊んでいるのですか。テラ様がお腹を空かせて泣いていますよ。あなたに母親としての自覚はないのですか」
確かにヴィルドラは助けてくれた。女は俺から注意をそらしてヴィルドラに向き合う。
お前今、そんなことっていった?
「なんでテラだけサマ付けなの?」
「穢れなき存在だからです」
「赤ちゃん、大好きだね」
「誰でもいいわけではありません」
「その発言、ネッドっぽいね」
「怒りますよ」
お嬢さんが興味のある様子でヴィルドラを見上げている。確かにヴィルドラの発言は最近変なのが多い。
赤子なんて昔は嫌いだったはずなのに、最近では誰よりも早く起きて相手をしてるんだ。過保護すぎて怖いくらい。
「おかーさん、お迎えきたから、明るくなったら帰るよ。ふあー、つかれちゃった。明日は美味しいものが食べたいな」
死体を前にあくびをするお嬢さん、強い。
「お前たちは帰ったら説教だ。まったく、この程度の敵に後れを取るとは。だいたいシシリーさんごときに恐怖するなど情けない」
お前もさっきのシシリーに延々、淡々と文句を言われ続けたらわかるよ!
たった一日なのに数十日分働いた気持ちだ。とっても疲れた。




