襲撃 sideクルーク
一度止んだ雨が再び降り出したのは深夜遅くなってからだった。このままでは朝になっても森を出ることは難しいだろう。死体が痛むのも早まる可能性がある。
シシリーと呼ばれた女は、黒服に薬を盛られて朝まで起きないだろう。酷い顔色だが黒髪の少女を抱きしめたまま離そうとしない。
「眠れないのか」
その少女が何やら俺をじっと見ているので思わず声をかけた。俺たち以外にもほとんどが眠っていないことは気配でわかる。
「そうですね。今までの護衛と違うので、落ち着きません」
「今日はなんで護衛を連れてこなかった」
「連日連夜変態行為を繰り返したせいで地下牢に入れられているんです。たぶんそろそろ抜け出したころだと思うですが」
なんて?
「意味がわからない」
「大丈夫です。意外と慣れるものです」
「どんな変態行為をすりゃ牢屋に入れられるんだよ」
からかわれているのだろうか?
「わたしが眠るまで天井にはりついたり、お風呂中もそばで待機していたり、トイレは済むまでドアの前にいたり、時々下着とか洗濯してくれたり、あと死んでほしいと言ったら笑顔で頷くぐらいです。そんな彼なのでわたしの月のものの周期も完全に把握していて、薬草茶を淹れてくれたりします」
「警邏に突き出せ」
本物の変態じゃねえか。
「薬草茶、結構きくんですよ。むくみ対策にもなりますし」
「いいから牢屋にずっとつないどけ」
「うちの両親を納得させてプロポーズしてくれるそうです」
「お前そんなののどこがいいんだ」
「でも強いです」
この女の基準がだんだんわかってきた気がする。
こいつ、相当な馬鹿だ。
しばらく話をしていたが、雨が強くなってきたので言葉を切った。
外の気配を必死に探る。さっきからどうしても嫌な予感がする。
「その女、朝まで起きないな」
「ええ、強力なお薬ですから、次のお昼まで起きませんよ」
音を立てず剣を抜き、まだ見えぬ敵に向ける。
「声を立てるな」
わずかに女が頷く気配がした。
こいつ、守られて慣れていやがる。
襲撃は、音もなくやってきた。ふいにひびく鈍い音。アルカイコの双剣が相手の腹をえぐったのだろう。順番で見張りをしていて正解だった。
仲間たちも黙って武器を構え、次に備える。
二度、三度と鍔迫り合いが続き、敵が一人ではないことを知る。雨のせいで気配がよみにくい。空気が動いたのは一瞬だった。
眼前に伸びる刀身。異国の剣だ。まるで半月のように不思議な形をしている。
「イノーマス!」
盾持ちに声をかければ彼は大きな体をしなやかに動かし最前線へ躍り出た。
「任せてくれ!」
「モーディッシュ、左から行けるか!」
「今は無理だ! こいつら、四人もいやがる!」
「四人!」
それだけの人数が近づくまで気付けなかったとは!
「サクロ! 補助魔法を!」
「ああ!」
プリーストに肉体強化と防御の補助魔法をかけてもらう。二つの魔法を同時に扱えるプリーストは国内でも多くない。
だが、魔物相手と人間相手では戦い方が違う。俺たちは圧倒的に不利だった。
誘いこまれてわずかに外に出てしまった。
ヤバいと気付いた時には、まるで風のように一人の敵が中に滑り込んでいた。




