クルーク・モウゼと夜の森 sideクルーク
Aランクパーティ暁の鷲と言えば、すでに全国に名を轟かせたと思っていたが、目の前の黒髪の少女は興味がなさそうに皆の名前を聞いている。人に命令することに慣れた様子で黒服の男に何やら指示を出すと、一度死体に目をやった。
「一難去ってまた一難というけれど、まだオウジサマのことも終わっていないうちに面倒なこと」
小さいが通りの良い声だ。
先ほど死人を見せた時も大した動揺が見られなかった。
この街には人間の姿をした化け物がいるという噂が流れていたが、これが化け物ならば俺たちに勝ち目はないだろう。どうしてかそう思った。
小さな体に小さな頭。だが色を通さぬ黒い石のような瞳は、何もかもを見通しているようで恐ろしく感じる。
自らが狙われていると分かっていても堂々とした振る舞い。王族が欲しがるわけだ。
ギルマスからの破格の依頼だったが、これは面倒な相手に関わった気がしなくもない。
穴の奥で眠っていた女を起こし水と食料を口にさせ、その後また眠らせていた男たちも只者ではない。
二人とも似たような背格好で、似たような地味な顔をしているがそのように振舞っているだけだろう。
気配がなさ過ぎて不自然だ。
「どうだ?」
「近寄ってくる気配は今のところない。なんといっても魔物すら息を殺したように緊張していやがる」
アルカが得体の知れない雰囲気に緊張している。無理もない。
「前にあのガキにかかわった冒険者の話をちらっと聞いたが、こりゃあ下手うちゃ俺たちも同じ目に遇うぞ」
「わかっている。明日にはギルドに届ければいいだけだ。あまり深く関わる必要はないさ」
長い事冒険者をしていると、時々魔物が避けていく存在がいる。妖精が気に入って力を貸している奴だったり、そういう不思議な存在に守られた奴だったり。
そういう奴は自然と人が集まり、穏やかな空気をまとっているものだ。
だが、普通のガキを怖がって避けるのを見たことはない。
「ソウルのやつは随分とあのガキを気に入ったようだな。さっきも話してたぜ」
「・・・ソウルは、人の悪意に敏感だ。あいつが普通に話すなら危険な相手じゃないんだろう」
「そうかよ。でも俺は、ああいうガキは好きじゃねえ。さっきだって母親の前ではそのへんのガキみたいな顔で言葉遣いもわざと幼くしやがって。気持ち悪ぃったらねえよ」
たしかに、食事をさせるさいに女と話していたリーナは、わざとらしく子どものような顔をしていた。だが。
「あれも一つの顔なのかもしれないぞ」
「懐いているフリをしてるだけだろ。だいたいあの二人、全然似てないじゃねえか」
「リーナとやらは、この森で捨てられ、冒険者に拾われたらしい。あの女はその冒険者の妻だそうだ」
普通ならばここで幼子を捨てることは、殺人に等しい行為だ。決して許されない。
尋常ではない落ち着きを持つ少女の過去を想えば壮絶だが、やはり違和感はぬぐいえない。
「なぜ少女のフリをしているのか」
俺の呟きは一人の男が拾った。
「詳しくはお話しできませんが、お嬢さまが子どもであることで、シシリーさんは安心なさいます。あえてそうするのはご家族のためですよ。それにしてもアーシェぼっちゃまがお雇いになった冒険者はずいぶんと口が悪い。呆れてしまいます」
怪我をしたほうの黒服の男が本当に呆れたように言うので、質問で返してやった。
「なぜ、お嬢さま?」
「うちの稼ぎ頭ですから」
怪我を忘れて胸を張り、盛大に痛がる男を横目に頷く。
「商いの家だけあって、上下関係がわかりやすいな」
「それに、我らベルノーラが全力で守ると決めた相手です。出自はどうでも良いのですよ。ご家族含めて安心安全に暮らしてくれれば」
「だが普通ではない」
「そもそもベルノーラが普通ではないのですから、ちょうどいいではないですか。あなた方は黙って守ってくれればいいんですよ。大の男が揃いも揃って子どもに怯えるなんて。噂に聞いていた暁の連中はずいぶんと可愛らしい小鳥だったようですね」
口が悪いのはお前もだろうという言葉を飲み込み、もう一度少女を見る。
黒い瞳が、俺をジッと見ていた。




