女二人旅・・・というには不穏
誰か説明してほしい。
震えながらわたしに抱き着く義母をどうすればいいのか。
朝方からしとしとと降りだした雨は、体温を奪うには十分だった。
シシリーに腕を引かれて馬車に乗せられ、黒服たちと一緒に森に入ったのは数時間前。
黒服二名とわたし、そして病み上がりのシシリーの四人で向かう場所としては危険極まりない場所である。
昼頃には雨が強くなり、遠くで雷が鳴るのを横目に、大きな音を聞くたび震える彼女を抱きしめていた。
「お嬢さま、奥さん、もう少しで止みそうです」
「雨が止んだら少し早めの夕食にしましょうね」
特徴のない顔の男二人が心配そうにシシリーを見ているが、そもそもわたしたちは朝食すら食べていないのだ。
三日前にオウジサマがやってきて、それからとにかく予定を詰めまくって屋敷から追い出し続けていたのでそんなに疲れてはいないが、シシリーが鬼気迫る顔でわたしを馬車に押し込んだ時にはどうしたものかと戸惑った。
「今回の家出はわたしじゃないよね?」
「そうですねえ。一応大旦那様の許可はいただいているので、適当に森を渡って、適当な街に出ましょうか。殿下方が帰れば、我々も街に戻れますから」
のんきに言うが、そんなものだろうか。
そもそもどうしてこうなったのか。
ちらとシシリーを見やると、怯えを隠さずわたしにすがりつき離そうとしない。
「とーさんには言ってきたの?」
「・・・うん」
小さい声で一応、と呟いたのは聞かなかったことにしたい。
「どう、伝えたの?」
「あの王子があんたを連れて行っちゃうから、とりあえず別の街に逃がすって」
自分も一緒に逃げることは伝えていないのだろうか。
「赤ちゃんはどうするの?」
「・・・ベルノーラ商会が守ってくれるから、今はあんたが優先。もうぜったい、離さないから」
なんかこじれたな、この人。
「ダメだよ、雨が止んだら帰らなきゃ。きっと泣いているよ」
「でも帰ったら、あの王子があんたを連れてっちゃうじゃないか! やっと帰ってきたのに!」
どうもそこが気になっているようで、さてどうしたものか。
「オウジサマが帰るまではまだ一月近くあるし・・・その間逃げ続けるのはダメ」
「どうして!?」
護衛としてついてきた黒服二名も、もともと逃げられるなんて思ってないだろう。とりあえずシシリーを満足させたいだけだ。
「王族に謀反ありと判断されたら、さすがにベルノーラだって無事じゃすまないよ。だからわたしも、辺境伯にお願いして助けてもらったんだよ?」
「助けられてないから、あの男はやってきたんだろう!?」
いや、まあそうなんだけど。おそらく彼が強引にわたしを王都に連れ帰るのは現実的にかなり難しいはずだ。王妃すら手を引いたのに、ただ意地になっているだけの無様な男の願望など、いくらでも砕く用意はあるのだ。
「ちゃんと考えているよ。焦っては全部がダメになっちゃうから、きちんと時期をみないと」
「そしてあんたはまた出ていくの!?」
否定できない・・・しかしまるで子どものような様子に、そっと息を吐きだした。
「大丈夫。ちゃんとここにいるよ、かーさん」
初めて母と呼べば、シシリーが体から力を抜いた。
「本当に?」
「ほんとうだよ。やっと出会えた妹とも離れたくないし、二人が心配だし。アーシェさまがわたしを連れ戻すときに使った手段も、二人のことだったんだよ。あれは卑怯だった」
遠い目になって言えば、わずかに安心したようにため息をついたシシリーにホッとする。
「ほら、もうすぐ雨が止むよ。うちに、帰ろう」
「・・・あんた、あの男はどうするんだい?」
「オウジサマは」
「違うよ、ネッドだよ! あいつ、いい年してあんたの婿になりたいって!」
嫁に欲しいじゃなくて、婿になりたいか。素直すぎるぞネッド。
近くに立っている二人も、あちゃーって顔でそっと視線をずらした。
「ネッドは言動はおかしいけど、わたしを傷つけたことは一度もないよ」
「でもあんたはまだ子どもだ!」
「子どもが好きなわけじゃないと思うよ。ただ、ネッドの場合、守らなきゃって気持ちが強いだけだよ」
「・・・あいつ、あんたにずっと守ってもらってたって。お金もあんたが出してたから楽させてもらったって」
「ネッドの心を支えただけだよ。壊れられたら困るでしょ?」
お金の問題は、面倒だから全部任せていただけだ。そもそも旅の相場も知らない少女になにができるのか。多少高額でも、ネッドは常に安全を考慮して進んでくれた。
「あんたの好みの食事は任せてほしいって。結婚のドレスも商会で作るから心配しなくていいって」
先走りすぎのネッドを全力で殴りたい。なぜ正直に伝えているのか。
「ドレスなんて、わたしが大人になるころには流行りも変わっているよ。今作ったところで商品になるだけだから、勝手にすればいいよ」
「あいつと、夫婦になるの?」
心配そうに顔を覗き込んでくるシシリーに、笑顔で伝えた。
「わたし、まだ子どもだから、これから出会いはたくさんあると思うんだよね。未来はまだ決まっていないよ」
「でも、諦め悪そうだけど」
「大丈夫、さっきも言ったけど、何があってもネッドはわたしを絶対に傷つけないよ」
全力でフッたら、笑顔で自殺しそうな怖さはあるが。
こうしたらお嬢さんは俺を忘れられないでしょう? なんて言葉が脳裏によぎる。怖すぎる。
ネッドすらも認める男に今後出逢えるかはわからないが、書類上十一の女に惚れたネッドも悪いのだから、気にしないことにしよう。
「でも・・・あいつ、昨日もベッドの上に来たし」
シシリーに気付かれるなんて、ネッドもまだまだね。
「変態さんだから仕方ないよ。わたしの寝顔を見たら安心して出て行ったでしょう?」
「そうだけど・・・落ち着かないよ」
そりゃそうだ。
ふいにガサガサ音がして、二人の男が音もなく剣を抜いた。腰を落として臨戦態勢に入る。
その様子を見せないように、シシリーの頭をぎゅっと抱きしめる。
「ど、どうし・・・?」
「しずかに」
わたしが居るのに魔物が出てくるのならば、そいつは滅茶苦茶強いヤツだろうってネッドが前に言っていた。
雨音が消えたころ、何者かの気配はこれでもかと近づいていた。




