お久しぶりです、さっさと帰ってください
「久しいな」
「・・・ご無沙汰しております。ようこそ、ベルノーラの屋敷へ」
「なに、少々時間がかかったが、君のご両親に挨拶せねばと思ってね」
「ご配慮痛み入ります。しかし母はまだ病み上がりでして、殿下にはとてもとても」
「気にするな。見舞いも兼ねている」
気にするわ。
「父も怪我の具合があまりよくなく」
「それは大変だ。うちの部下でも大きな怪我を経験したものを連れてきた。きっと良い理解者となろう」
いらんわ。
「ところで殿下、ご婚約者さまはお元気ですか」
ひくり、と口持ちが歪んだのを確認して、営業スマイルを決め込む。
「あの美しい方にふさわしい商品が、我がベルノーラにはございます。ぜひ工房もご確認くださいませ。特別に新商品をご覧いただけるよう手配しておりますの。まだ世に出ていないものですから、きっとお嬢さまに喜ばれることと存じます」
「誰のせいでっ」
現在婚約者のヘスティア嬢から距離を置かれていることは、ベルノーラ商会の情報屋から入手している。なんせ売り上げにかかわってくるから、貴族のあれやこれやは金になるのだ。みんな必死で情報を集めている。
「あの商品を手になさったら、きっと殿下に惚れ直すことでしょう。なにせ、新商品はヘスティアさまを想って作られた真珠の美しい細工なのですから」
もちろん値段は馬鹿みたいに高いが。
少しだけ興味が出てきたのか、オウジサマは胡乱気な顔で、しかし少しだけ距離を縮めてきた。
「殿下の誤解を解くにはプレゼントと話し合いしかありません。そのプレゼントを口実に直接お顔を合わせるのが一番かと」
「君のせいで私は変態扱いされているのだが?」
不機嫌を少しは隠せばいいものを。後ろに控えている黒服たちが殺気立っているのをいい加減気にしてほしい。
「それは仕方がありません。拉致同然で夜中に呼び出せば、誰だってやましいことがあると勘違いするものです」
「時間が足りなかったんだ! 他に出し抜かれるわけには」
「それこそ、あなたさまの身勝手な理由でございます。わたくしは、保護を求めておりませんでした」
この話は平行線だなと思っていると、思わぬところから助け舟がでた。
「殿下、一先ずは工房に行かれてはいかがでしょうか。良い品が見つかるやもしれません」
騎士の一人がそっと声をかけてきたのだ。本来ならば勝手に口を開くのは許されないはずだが、彼は見覚えがあったので古い騎士なのかもしれない。以前はアレクが居た距離に、別の騎士がいることが少しだけ不思議だ。
「王妃様にも土産を頼まれているではありませんか」
「なんでしたら、特別にご希望の品をデザインさせていただきます」
もちろん別料金で。
壮年の騎士はホッとしたように笑みを浮かべ、オウジサマに笑いかけた。
「ベルノーラ商会のお茶も、お菓子も美味しいと聞きます。いかがでしょう。少しお休みになるついでに工房を見せていただくのは」
オウジサマはちょっと嫌そうに眉をひそめたが、仕方なさそうに頷いた。
「そうだな。時間はまだある。一月でこの娘を説得して王都に連れて帰るからな」
まだあきらめていなかったのか。
呆れたわたしはため息をついたが、まさかその姿をシシリーに見られているとは思わなかった。




