女同士の喧嘩ほど嫌なものはない sideフレスカ
僕は基本的に荒事に慣れている。
なんせ冒険者ギルドの職員だから、毎日どこかしらで争いが起き、それを武力行使で沈めるのも仕事の内だ。
けれど、これは嫌だ。なんといっても女の子同士の喧嘩ほど面倒なものはない。
黒い髪の愛らしい少女リーナ。僕は彼女を二度も傷つけてしまった。
赤い髪のキャメロン。リーナよりも九つも年上のクセに、まだ大人になれない。自分は優秀だと言うのが昔からの口癖で、両親が真面目に働いていたから商業ギルドでも雇ってもらえただけなのに、そんなことにも気づかない愚か者。大事な商談は彼女に任せることないことで有名だった。だからリーナとも今日初めて口をきいたはずだ。
無理やり担当を変わって彼女が来ることは、直前になって通達が来た。本来ならばそんな面倒な通達を出すことも、こちらの了承を待たずに変更することもないのに、商業ギルドはどういうつもりかとざわついた。
やってきた赤い髪の女が、リーナを見て目をすがめたのを確認し、これは良くない気がすると僕が監督者をかって出た。以前から、彼女がリーナを目の敵にしているのではないかという噂があったが、どうも本当っぽい。
リーナは人の心に敏感だ。少し話せば相手の敵意まで見抜くだろう。
二人きりにはさせられない。
「頼むぞ、フレスカ」
「もちろんです、ギルマス。ただ、商業ギルドには一言入れてくださいよ」
「一言で済めばいいがな。すでにうちの連中が苦情に行ったぞ。あの女、なんどもリーナと面会させろとベルノーラ商会に言ってきたからな。こりゃあ、ただでは済まんな。絶対に会わせないように裏方に追いやったのに、なんで出てくるんだか」
そんな裏事情があったのか・・・いや、今はそんなことを言っている場合ではない。
そっと二人の後につづいて地下フロアに向かう。
最初から人を馬鹿にしたような態度のキャメロンを見ても、リーナは顔色一つ変えなかった。おやと思ったのは彼女が淡々と言い返した時だ。
「夢を語れるのは、夢を見られる人間だけです。誰でもではない」
その通りだ。夢なんてものを一度でも見ることができるのは恵まれている。本当に辛い人は夢なんて見られない。
「あなた方大人が諦めてしまうのでしたら仕方がありません。またスタンピードで人が死ぬだけです」
確かに、今後のことを考えて様々なことを強化する必要がある。もう二度とスタンピードを起こさせないように、そのためにこの子は情報を集めていると聞いた。大人でもひるみそうになる現実に、真摯に向き合おうとしている。
「あら、あなたが居れば、次のスタンピードは起こらないのでしょう? あなたは、魔物にも嫌われていますもの」
驚いて思わずキャメロンを見ると、醜悪な顔で、リーナの心をえぐろうとしていた。
「あなたはとてもお金を持っていて、いつも綺麗な服を着ていて、いつでも誰かが守っているわ。あなたは、確かにスタンピードは怖くないでしょうね?」
「キャメロン殿、無礼が過ぎますよ」
この女、僕の前でいい度胸だな。一歩踏み出した瞬間、ぞっとするほど静かな声が降った。
「確かに、スタンピードは恐ろしくありません。わたしが恐ろしく思うのはあなたたち人間です」
誰だろう、この子。まるでどんな感情すらも浮かばない氷よりもなお冷たい瞳。
「人のうわさに踊らされ、誰かを恨むのは心が楽になりますか。そんな気持ちでわたしの前に立っていたならば、さっさとお帰りください。この程度の講義に冒険者ギルドもお金を払うなんて・・・ギルドマスターと一度お話しなければなりませんね。もったいないです」
「なんですって?」
「人を見下すのは楽しいですか。ご自身が特別な人間だとでも言いたいのですか。子どもが労働者として認識され続けることの重要性を全く理解できていないようですね。子どもはただでさえ免疫力が低く、体を壊しやすい。雑用ができるからと言って、朝から晩まで働かせることの危険性を理解していますか。この程度の内容で生きていけるほど世の中は甘くないでしょう。あなた、そんなこともわからず教師役をかってでたのですか」
もうちょっと息継ぎしてと言いたくなるほど淡々と、しかし早口に続けるリーナ。
これはもしかしなくても、怒っていらっしゃる?
「だいたい、教え方が下手すぎます。商業ギルドがこんなに使えないなんて思わなかったわ。どうしてもっと踏み込んだ話をしないんですか、そりゃあ、こんなの、誰も参加しませんよ。しかも完全に馬鹿にしてくる人に、誰が師事を仰ぎますか。あなた、少しご自分のお顔を鏡でご覧になったらいかが? なんて醜い表情なの。いい? 顔のパーツのことではないの、あなたの人を見下した表情がダメなのよ」
「わ、私の綺麗な顔に文句をつけるなんて生意気だわ! ちょっと可愛いからって!」
「ちょっと可愛いのではなく、わたしはとても可愛いの。美人なの。あなたと違って鏡を見慣れていますもの」
あれ、リーナってこんなタイプだったっけ?
「まだ子どもだから、何を言っても許されると思っているんでしょ! あなたなんて化け物のっ」
思わず、キャメロンの口を塞いだのは無意識だった。左手で鼻から下を掴んで無理やり言葉を止めた。目を見開いて呼吸を止め、何が起きたかわからないって顔の女がまじまじと僕を見る。
やめろ、見るな。これでも今以上自分が暴れないようにするのに精一杯なんだ。この顔をぐちゃぐちゃにしてやりたい。
少しだけ力をこめると、暴れる気力も体力もないのか、体がびくりと震えだした。そのまま陸に打ち上げられた魚のようになってしまったのを横目に、リーナに声をかけた。




