特別な少女と話がしたかった sideキャメロン
私はキャメロン。ビルドニーとルシアの子どもだった。二人は平民だけど、商業ギルドで頑張って働いて、私を立派に育ててくれた。
同期の中でも私は一番美しくて、教養があって、何より優秀だった。
深い湖みたいな瞳と、燃えるような赤い髪は誰に対しても自慢だった。
その少女のことは前から知っていたわ。彼女が初めて商業ギルドに来た時から知っていた。あっという間に大金を稼いで、しかも一部は募金に回すなんて愚かな子ども。お金の使い方を知らないなんて。
みんなは、彼女の黒い髪も黒い瞳も不気味だと言ったけれど、私は別に気にならなかった。どんな色であっても私のほうが美しいもの。
窓口で対応したことはなかったけれど、子どもらしくない落ち着いた様子は、確かに可愛げなくて、嫌われても仕方がないと思ったものだわ。
私が彼女を嫌いになったのは、両親がスタンピードで死んでしまったから。
街の人を逃がそうとして、二人して死んでしまった。
そのあとすぐに彼女が街に帰ってきた。多くの人があいつのせいだって言った。あいつが魔物を呼び寄せたのだと。
それが本当かはわからないけれど、どんな時でも取り乱さない様子は不気味だった。
本当に彼女が魔物を呼び寄せたなら、どうやったのだろう。どうして家族は死ななければならなかったのか。どうしても話がしてみたくて、何度もベルノーラ商会に問い合わせたけれど、返答は一度もなかった。
そんなことが十回以上続いて、ある日上司に、もう二度とそんな問い合わせをしてはいけないと注意された。
どうしてだろう。私は知りたいだけなのに。
そんな日々を過ごしていたら、彼女が街から逃げ出したという噂が広まった。
なぜ逃げたの? 自分が悪い存在だと認めたの?
彼女が逃げ出し後、冒険者たちも、冒険者ギルドもなんだかずっとピリピリしていて、誰にも行方を聞くことができなかった。
それでも気になって調べていたら、ある日カウンター業務から外された。優秀な私を外すなんておかしいと言えば、今の君は普通じゃない。ご両親が亡くなって心が疲れてしまったんだ。しばらく裏方に徹しなさい。と倉庫作業に追いやられた。
暗くて寒い倉庫の中は、天井に届くほど紙の束が積まれていて、数えきれないほどの資料をまとめたりするのだ。
優秀な私が、こんな地味な仕事をするの? 冗談でしょう?
倉庫作業に変わった後は、同僚たちも急によそよそしくなった。ランチに誘っても今忙しいからと断られ、廊下ですれ違っても無視をされるようになった。
「あいつ、ベルノーラ商会を怒らせたんだってな」
「自分のご両親が亡くなったことを、あろうことか少女のせいにしているって・・・何を考えているのかしら。彼女が連れてきた異国の冒険者がどれだけ活躍してくれたのか、わかっているのかしら?」
「わかるわけないさ。いつだって誰かのせいにして、自分はかわいい、優秀だってお高くとまってる女だぞ。どうせ嫌なことは全部他人のせいにしたいんだろ。ご両親は立派に街の人を守ったってのに、あいつはもうだめだな」
少し早い休憩を取ろうと廊下を歩いていた時、前から来る二人組が私を見て小声て言っていた。
何を言われているのかわからなかった。どうして私が責められないといけないのかしら。両親が死んだことは悲しい。だから、ちゃんと前を向くために彼女と話がしたかったのに。
悲しみが戸惑いを呼び、戸惑いが怒りに変わるまで時間はかからなかった。
けれど今、その怒りは本人を目の前にして大人しくなったと思っていたのに。
「この国のありかたに口を出すつもりはありません。しかし、この程度の知識では結局悪いことに巻き込まれたとき身動きがとれません。もう少し教えてください」
今日、本当は他の人が来るはずだったのを無理やり変わってもらった。彼女にはいくつか貸しがあったし、強く言えば逆らわなかったから。
ようやく会えた少女は、以前見た時よりも大人びた表情で私の前に座った。
静かに講義を聞き終えたあと、淡々と言う。何よ、私が教えてあげたことが気に入らないとでもいうつもり? なんて生意気な子。ほんとうに可愛くない。
うちだって平民だけど、頑張って働けばちゃんと生きていけるわ。貧しい連中は努力が足りないから、子どもでも働くしかないんじゃない。それをいけないことのように言うなんて!
「夢を語るのは誰にでもできることですが、これ以上は我々も手を出せないのですよ」
物語の世界を生きているつもりかしら?
この子には現実が見えていないのね、可哀想に。
でも、帰ってきたのは呆れたような、馬鹿にしたような冷たい視線だった。
「夢を語れるのは、夢を見られる人間だけです。誰でもではない」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「あなた方大人が諦めてしまうのでしたら仕方がありません。またスタンピードで人が死ぬだけです」
言葉があふれるってこういうことかしらと思うほど、私の口は勝手に動き出した。
「あら、あなたが居れば、次のスタンピードは起こらないのでしょう? あなたは、魔物にも嫌われていますもの」
スタンピードで、また私の家族を奪うとでも? ふつふつと怒りが再熱する。
「あなたはとてもお金を持っていて、いつも綺麗な服を着ていて、いつでも誰かが守っているわ。あなたは、確かにスタンピードは怖くないでしょうね?」
「キャメロン殿、無礼が過ぎますよ」
緑の髪の優男が怒鳴るように言う。なによ、本当のことじゃない。
その時もし視線に音があるのなら、私はきっと初めてその音を聞いた。
ひたと、私を見つめる黒い瞳。
「確かに、スタンピードは恐ろしくありません。わたしが恐ろしく思うのはあなたたち人間です」




