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これは優しいお話です  作者: aー
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ギルドで教えてもらえること

冒険者ギルドでも最低限の教育を施しているから、一度見に来ないかと誘われたのは前日の夜のことだった。

 この世界の識字率は、高いわけではない。日本と比べると断然低い。なにせ街や町によって教育格差が酷いのだ。

 勉強ができなくても冒険者にはなれる。けれど学びを知らなければ生き残ることは難しい。出先で人に騙され、余計にお金を支払うはめになったり、なんなら無茶な賭けに乗って全財産失った挙句犯罪に走る冒険者も少なくないのだ。

 仕事を失敗し続けたり、借金がかさんで他国の奴隷になったりもするらしい。

 そこで冒険者ギルドでは、最低限の算術や文字の読み書きを教える教室を定期的に開いている。それでもそんなものに参加するぐらいなら剣を教わりたいという人が後を絶たず、常に閑古鳥が鳴いているそうだが。

「なるほど、こういうことなのね」

 一応ギルドカードを持っているわたしも、見学という名目で参加してみた。

 普段は剣や弓、格闘技の練習場として使われる地下フロア。そこに簡単なテーブルとイスだけを置いて、十人程度が勉強できるスペースを作っていた。

 参加者はわたし一人だけ。教師役は商業ギルドのお姉さんが交代で行うらしい。そこは冒険者ギルドじゃないのかと思ったら、人に教えるのは苦手な人が多いらしく、希望者が現れた時だけ格安で来てもらうのだそうだ。

 わたしの前に立ったお姉さんは、綺麗なワンピースドレスを着ていて、指先は整えられ、髪も艶があった。無骨な冒険者ギルドには似つかわしくないタイプに見えたが、彼女を見た職員たちが一瞬嫌な顔をしたのが印象的だった。

 お金の計算の仕方、ギルドを通しての貯金の仕方、自分の名前の書き方。名前は契約書を外で結ぶときに必要だから必ず覚えるように言うらしい。他にも希望者には国の成り立ちや、特に人気があるのが地理だそうだ。どこが一番稼げるのかを皆知りたがるのだ。

 難しい単語を読んだり、言葉を理解することは想像以上に大変で、たいていが途中で来なくなる。

「この国には教育の義務はありませんからね、両親がそろっていて、ある程度食べていける家の子どもは、教会や、一部の神殿で文字や算術を習いますが、裕福ではない家の子は貴重な労働者として昼間も働きます」

 お姉さんが、これは仕方のないことなんですよと言いながら教えてくれた。

 仕方がないと言いながら、彼女はわずかに馬鹿にしたように鼻で笑う。

 こういうところが冒険者ギルドに受け入れられない所以ではないだろうか。

 たしかに、小さな子どもでもできる仕事は意外とあって、一日に何度も薪を拾ったり水を汲んできたり、家畜の世話や十歳ぐらいになるとギルドや商家に努めたり、工場なんかでもあればそこで朝から働いたり。

 現代日本ではほとんど聞かないけれど、数十年前まで丁稚奉公なんて言葉が当たり前に使われていた時代があった。新聞やニュースに取り上げられないだけで、きっと今も言葉を変えて存在している。

 義務教育だからって、みんなが必ず学校に通っているわけでないし、戸籍を持たずに生きている人もいる。

 この世界、国によっては、子どもに人権を与えないことは珍しくなく、人頭税を払いたくなかったり、相続税を払いたくない人は、そもそも子どもの存在を隠したり、生まれてすぐに売ってしまうこともある。労働力としてではなく、性の対象だったり、小さな子どもをいたぶるのが好きな連中も多く、需要があるのだそうだ。冒険者ギルドに来られる子は、まだ恵まれている。

 この国の相続税は、子どもが二十一を超えると払わないといけないらしい。自分が死んだときじゃないのが不思議だけど、そもそも寿命が短いので仕方がないのかもしれない。一度払ったら二度と払わなくていいとはいえ、どうやって計算しているのやら。

 ガラス窓にもお金がかかるし、意外と大変だなと思う。

 お姉さんがわたしを見つめてまた、ふっと鼻で笑った。

「この国のありかたに口を出すつもりはありません。しかし、この程度の知識では結局悪いことに巻き込まれたとき身動きがとれません。もう少し教えてください」

「夢を語るのは誰にでもできることですが、これ以上は我々も手を出せないのですよ。それにあなたはそもそも何かを教わる必要はありませんよね? あのベルノーラ商会に守られたお姫さまなんですから」

 お姉さんは嫌な笑みを浮かべて言い切った。

 わたしの後ろで護衛を兼ねているらしいフレスカさんがわざとらしく咳をする。

「夢を語れるのは、夢を見られる人間だけです。誰でもではない。わたしは確かにベルノーラ商会にお世話になっておりますが、そのぶん商品開発や売り上げに貢献しています。教育に関してあなた方大人が諦めてしまうのでしたら仕方がありません。またスタンピードで人が死ぬだけです」

 きつい事を言っている自覚はあるが、先に喧嘩を売ってきたのはお姉さんのほうだ。

「あら、あなたが居れば、次のスタンピードは起こらないのでしょう? あなたは、魔物にも嫌われていますもの」

 魔物にもってなんだ。そもそも商業ギルドの人にそんな嫌味を言われると思っていなくて驚いた。

「あなたはとてもお金を持っていて、いつも綺麗な服を着ていて、いつでも誰かが守っているわ。あなたは、確かにスタンピードは怖くないでしょうね?」

「キャメロン殿、無礼が過ぎますよ」

 フレスカさんが怒ったように言えば、彼女はまた鼻で笑った。

「確かに、スタンピードは恐ろしくありません。わたしが恐ろしく思うのは、あなたたち人間です」

 淡々と言えば、部屋の空気が凍った気がした。


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