雪の街での再会 sideアレクセイ
一年中雪が降り積もる北の街ナーオスにたどり着いたのは、昼を少し過ぎたころだった。
ベルノーラ商会の寮であるアパートの一室を借りた私は、取り急ぎ必要な食料や毛布の追加を買いに街を歩いていた。
毛布を二枚重ねても、この街の寒さには勝てない。
寮と言っても、私の他に二人の未婚者と、一組の既婚者がいて、小さな宿程度の広さしかなく、こじんまりした造りが今の私にはちょうど良かった。
近衛騎士を辞して一人で生きていくつもりだったのに、まさか旦那様が仕事も家も与えてくれるなんて。
給料は見習い程度しか出ないが、数年間近衛騎士をしていたから金はある。
殿下は最後まで私の顔を睨みつけていたが、あの人にリーナは守れない。これが最善だったと今でも言える。
さくさくと雪を踏みしめると、ふと小さな女の子が私の前に立った。
「なんだい?」
「お兄さん、だあれ?」
「私は・・・ベルノーラ商会のものだよ。そうだ、ユネ・バントスさんを探しているんだ。どこにいるか知っているかな?」
我ながら子どもに何を聞いているのだろうとおかしな気持ちになるが、少女は花が咲くように笑って頷いた。
「おかあさんならこっちよ!」
小さな手に左手を取られて慌てて歩き出す。どうやら連れて行ってくれるらしい。
「おかあさんに何のごようなの?」
「とある人からのお手紙を預かっているんだよ。早めに渡したくてね」
「そっかぁ」
何が楽しいのか、ニコニコと笑いながら。
リーナがこんな風に無邪気に私の手を引くことはなかった。それでも時々思う。彼女がこんなふうに無邪気だったら、今どうなっていただろうか。
私たちは出逢うことすらなかったかもしれない。もし出会っても、あの頃の私は興味すら持たなかっただろう。
たらればは言い出したらきりがない。しかしどうしても考える。
もっとうまく行動できなかったのか。もっと上手に彼女を守り慈しむことはできなかったのかと。
キラと何かが輝いた気がして横を見たが、特に何もなく首をかしげる。
「どうしたの? 妖精さんが珍しいの?」
「妖精? 今光ったのは妖精なの?」
「そうよ。ナーオスにはたくさんいるのよ。でもお兄さん、妖精に好かれやすいのね。リーナお姉さんみたい」
今度こそ驚いて足を止めてしまった。
「君はリーナを知っているの?」
「リーナお姉さんは、だいすき。一緒にお泊りもしたのよ! お姉さん、元気?」
リーナが年下に好かれやすいのは冒険者の子どもたちを見ていて思ったことだが、一緒にお泊り? あのリーナが?
「元気だと思うよ。最後に会ったときは元気だった」
「そっか! また会いに来てくれるかなぁ」
どうかな、しばらく王族に追われるだろうし、旦那様がどうやって彼女を守るのか。いや、今の私が考えることではないな。
「あ、ジェスお兄さん」
「え?」
「時々、みんなのお手伝いをしてくれるのよ。昔は、おうとっていうところにいたんですって。リーナお姉さんがみんなに、ジェスお兄さんを助けてっていったの。一人ですごく大変だから、温かいものをあげたいのって。だからみんなのおかあさんたちが、時々お仕事をあげて、お菓子とか、あったかいスープをわけてあげるんだよ」
雪の中上着も着ず、着古したプリーストの制服。色が薄いので見習いのものだろう。くすんだ金髪は以前会った時とは大違いだった。
「でもね、お兄さんは自分で食べずに、困った人に分けてあげたり、他の見習いの小さい子に分けてあげるんですって」
世界の中心のような顔していた少年は、もうどこにもいなかった。
「リーナは、彼を許したのですか?」
「お姉さん、怒ってないよ?」
そうなのか。そうかもしれない。あの時彼女は冷静だったような気がする。怒ったり、彼女が怪我をして悲しかったのはむしろ、周りにいる私たちで。
「そうなんだ」
「あそこにおかあさんがいるのよ」
「うん、連れて行ってくれる?」
「まかせて!」
無邪気な少女にも目を向けながら、ジェスとすれ違った。彼は私に気付かなかった。




