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これは優しいお話です  作者: aー
帰還
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シシリーの想い sideシシリー

 黒い髪の女の子。黒くてキラキラした目の女の子。

 あたしの可愛いリーナ。家族になるって決めたのに、守り切れなかった。

 お腹に赤ちゃんができて、あたしは体調を崩しやすくなった。突然吐き気やだるさに襲われ、食欲も落ち、リーナが帰ってこない玄関を見てはため息をついた。

 帰ってこなくて当然だ。守るためとは言え、あたしたちが追い出した。

 きっとリーナはあたしを恨んでる。この家はリーナとあの人のものだったのに、途中からあたしが来てしまった。

 なんとか繋がりを切りたくなくて、数日おきに出す手紙に返事はなかった。

 ようやく届いたと思ったら、署名もないものだった。

 リーナが街を出て行った。その噂はすぐに流れた。リーナやあたしたちを責めた街の連中はとたんに大人しくなったけれど、余計に腹立たしかった。

 自分たちが虐めたくせに、なんて身勝手だろうか。

 守れなかったあたしが言っていい事じゃないけれど、どうしても許せなかった。

 あの人も、あの日から壊れたように遠くを見るようになった。

 赤ちゃんができても、お腹はなかなか大きくならなくて、多分女の子じゃないかと産婆が言った。でもその頃にはあたしは起き上がるのも辛くて、ベルノーラの人が家に来ないかと誘ってくれた。あたしたちは二人でベルノーラに行き、あたしはその時初めてリーナが居た場所を見た。

 広いお屋敷。広い部屋。広い庭。

 小さな子どもはリーナだけ。こんな広い場所で、どれだけ寂しかっただろうか。ふいにあの子の小さな背中を思い出した。

 子どもとは思えないほど落ち着いた声。表情。言葉。でも寂しくないわけがないのに。

 あの子の世界を奪ってしまったのはあたしなのに。

「少しでも食べないとお腹の子に障りますから」

 メイドにそう言われて何とか飲み込むが、スープを飲むのもおっくうだった。

 この子が生まれたらリーナはもう二度と帰ってこないのではない? もう、あの子が帰れる場所は本当の意味でなくなってしまうのではない?

 産むのが怖かった。また奪ってしまうのかと恐怖だった。それでも日々、自分の中の別の命が重さを増していき、ついに産声を上げた。

 リーナとも、あたしとも違う、あの人の空の色をもった女の子。

 どうしてだろう。少し前までは産むのが怖かったのに、今はこの子が何よりも必要だとわかる。

「シシリー、名前を決めないといけない」

 そうだ、名前を。でも考えるまでもなかった。

「この子はネラ・・リーナがさみしいとき、温かく道を照らせるように・・光なの」

「そうか、良い名前だ」

 ネラ。どうかリーナを照らして。あの子一人じゃ、この先歩けないこともあるかもしれないから。あたしたちだけじゃ、あの子を守れないから。

 あなたのお姉ちゃんを守って。

 そう願って告げると、まるでわかっていると言いたげな空色の瞳があたしを見た。

 たくさんの光が、降りそそぎますように。そして二人が、仲の良い姉妹になれますように。

 それからしばらく経ったある日のこと。熱に浮かされて自分でも何をしゃべっているのかわからなかったとき、彼女は帰ってきてくれた。

「リーナが帰ってこないの!」

「今ここにいるでしょうが!」

 はじめて怒った。今まであたしに怒ることなんてなかったのに。

「三行だけのお手紙とか、怒ってるんだからね。なんでもっと大事なこと書かないの! それでわたしが居なくなったからなんなの。おとーさんも、シシリーも、なんで誤魔化すの! そういうところ、すっごくイヤ!」

 まるで普通の小さな子どもの癇癪。それがとても嬉しくてぎゅうぎゅう抱きしめた。

「くるしっ、ちょっと、話はまだ終わっていないわ! ちゃんと向き合ってくれないと、わたしまた逃げちゃうわよ!」

「おかえりなさい、リーナ。リーナがやっと帰ってきた。子守唄歌ってあげるっていったのに、全然歌えなかった! どこに行っていたのよ。どうして待っていてくれないのよ」

「いや無理でしょ。待ってろって書かなかったのはそっちでしょ! あんな当たり障りのない文章にどう返せっていうのよ。嘘でも書けばいいわけ!?」

「だって何を書けばいいかわからなかったの! あたしは頭も良くないし、リーナみたいになんでもうまくできないもの!」

「じゃあそのまま書けばいいじゃない! 恰好付けるから余計変なことになるんでしょ! だいたいとーさん、他人事じゃないのよ。なによさっきから!」

「うん、元気だな」

「元気じゃないわよ、喉乾いたし、お腹すいたし、お風呂入りたいし、お洋服だって着替えたいし、だいたい、その赤ちゃんの名前だって聞いてないのに、いきなり妹とかいうし! ちゃんと紹介してよ!」

 普通の家族になったみたいだと思ったら、気が抜けてお腹がすいた。

 とても懐かしくて、とても嬉しい夕方のことだった。


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