手当ては優しくお願いします
そのお兄さんはウィローと名乗った。伯爵家の次の当主だそうだ。
その弟は四男のホイットニー。落ち着きがなく、今は父親と一緒に正座させられて何やら怒られている。
怒っているのは長女のハイディ。あの髪の長いお姉さんだ。
「動くな」
ウィローは淡々と言いながら私の顔に薬草を張っていく。一応傷はポーションである程度治ったけれど、まだ少し熱を持っているからと、熱さましの薬草を直接貼っているのだ。つんとした臭いがきついが、冷たくて気持ちがいい。
そもそもなぜこんな状況になったかというと、奥さんの悲鳴が聞こえて(まあ叫んではいたけれど、むしろこっちのほうが被害が大きい)慌てて駆け付けた伯爵は、力任せに扉を蹴破り(文字通り本当に蹴破った)、吹っ飛んだ扉が破壊された。その破片がわたしに飛んできて、わたしは右腕を負傷したのだ。腕の傷はすぐに治してもらったが、叩かれた傷はそこまで酷くないからと薬草で対応している。
ポーションは便利だが、子どもが使うにはキツイ成分が入っているんだって。背が伸びなくなると言われた。
まあ、子どもが乱用しないようにあえてそう言い聞かせるらしいので、本当は嘘なんだけど。
「どうしてホイットニーさまも怒られているのかしら?」
「ついでだろう、あいつ、廊下の壁にまた傷を入れたからな」
暴れるのはお父さんだけじゃないのか・・・
「お兄さんは、この伯爵家をつぐんですか?」
「多分ね。この前死に損なったから。俺もそろそろ嫁を探さないと」
全然嬉しそうに言わないのね。
「結婚したくないんですか?」
「家を継ぐ以上、婚姻も子どもも義務だ。わかってるよ。でも、俺は・・・自分の代わりに子どもが死ぬのは嫌だな」
死ぬと分かっているのに武器を与えるのも嫌だと言った。それくらいならば、自分の代で全て終わらせたいと。仄暗い瞳が笑みをたたえて言う。
「ホイットニーくらい明るければ、何か変わるのかもしれない。でも俺は・・・そんなにこの街が好きなわけじゃないから」
「街が好きじゃない問題はともかくとして、実際問題、お兄さんたち社交性ゼロですよね。お嫁さん来てくれます? こんなボロボロのお屋敷見られたら逃げられるんじゃないですか?」
彼はすっと家族に目をやり、それから真顔で言った。
「大丈夫、とりあえず領地まで連れてきたらあとは身ごもるまで地下牢に入れればいいし、人の心なんて薬でなんとでもできるから」
こいつ、涼しい顔で一番ゲスなんじゃなかろうか。
「でも最近思うんだけど、結婚したからって絶対に子どもができるわけじゃないだろう」
「そうですね」
あんたは力業でなんとかしそうだけどね。
「だから、できれば寡婦とかがいいかなって。子育ての経験があれば尚良い。子どもを産んだ経験があるなら、あと何人か産めるでしょ。なるべく若い寡婦を探そうかなって」
やべえ、ネッドとは違う意味のヤバさだわ。
バゴッと鈍い音が響き、お兄さんが頭を抱えてうずくまった。お姉さんが思い切り拳骨を落としたようだ。
「王家にまともな花嫁を申請するから、そういう企みをするなと前に言ったはずだ」
「まともな花嫁くださいって言っても、母さんみたいな借金まみれの女だったらどうするんだよ。うちにはもう売れるものなんてないぞ」
「お母様が売られてきたような言い方はおやめなさい」
「事実じゃないか」
「母さん、ややこしいから口を挟まないで」
どこの家庭も問題を抱えているものだなとぼんやり思った。
そろそろ帰りたい・・・
結果として、無抵抗なわたしを必要以上に傷つけたとして、賠償金代わりに協力を取り付けた大旦那さまがいた。
伯爵家、大丈夫か?
いつか詐欺師に騙されるんじゃないかと密かに心配したのは内緒だ。




