誰よりもあなたを sideセレニア
十四歳のパーティーは特別なものだった。
セレニア・バーティカル子爵令嬢として社交界デビューし、貴族の一員として正式に認められた日だった。
子爵家の令嬢ごときでは大した力を持たないけれど、年に一度王城に集められた子女たちが王家に顔見世し、忠誠を誓う儀式。
社交界デビューは、早い子は十三から、遅くても十七までには行い、全員がオフホワイトの衣装に身を包み、家族が用意してくれた宝石を身に着け、晴れやかな顔で笑うのだ。
その日は多くの貴族が王都に集まり、新たな一員を暖かく迎えてくれる。
それは、辺境の地に住む別の貴族にも言えた。
暖かな春の風がふく青空の下、私は彼に出逢った。
よく晴れた空の下で行われるパーティーは、たくさんの花の香りに包まれたものだった。
貴族のデビューとしては遅い十七の彼。全身に見慣れない模様を刻み、オフホワイトの礼服を着ているくせに暗い表情。まるで何にも興味がなさそうな短髪の男。
本来ならば帯刀が許されない王城で、騎士以外唯一許されている伯爵家の四男。
上のお兄さんたちは全員魔物との死闘の末亡くなり、四男でありながら次期当主と決められた男。
多くの人が、彼に近寄らなかった。
まるで不気味な死神をみるような目で眺めるか、最初から存在しないように扱った。
関わったら自分まで不幸になるような、そんな暗い表情が酷く気にかかり、私はそっと近寄ってブーケを差し出す。
一人につき、一つのブーケ。親族からの祝福のそれを、彼は持っていなかったから。
「ごきげんよう」
彼は最初、私に声をかけられたことも気付いていなかった。二度、三度と声をかけ、ようやく顔を上げた彼は、私を不思議そうに眺めた。
「あなた、ブーケをお持ちではなくて?」
「・・・ブーケの代わりに剣を持たされた」
「では、私のブーケを差し上げるわ」
「いらない。花では魔物を殺せないから」
この人は馬鹿じゃなかろうか。
「ここに魔物はでません。いいから、あなたのハンカチーフをお貸しなさい」
男はなおも不思議そうにしながら、言われるままにハンカチーフを差し出した。通常ならば家族の誰かが祈りを込めて名を刺すのに、何もない白いハンカチーフ。
「あなた、お名前は?」
「・・・ハリエット」
「私はセレニアですわ。我が家は子爵家ですの」
そうか、と頷く彼にホッとする。本来ならば彼のほうが高位貴族なので軽々しく声をかけてはいけない。なんならジッと見るのも失礼な行為だ。
「我が家には借金がありますの。あなた、代わりに返済してくださいまし。私があなたの奥さんになってご恩をお返ししますわ」
それに驚いたのは彼じゃなくて、近くにいた従者のような少年だった。ぎょっとしたように目を見開き、彼や私の顔を何度も見ている。
「いくらだ」
「ざっとこのくらいですわ」
指で示せば、彼はうん、と頷いた。
「その代わり、最低でも四人は産んでもらうぞ。うちはすぐに子どもが死ぬんだ」
「わかりましたわ。私、お尻が大きいからきっと元気な子を産みますわ」
少年がとうとう泡を吹いて倒れてしまったけれど、彼は修業が足りないのではないだろうか。
詳しく話を聞いてみたら、ハリエットは元々嫁探しの一環でパーティーに参加したらしいが、その様相から嫌煙され、女性に近づくこともできなかったらしい。
とりあえず誰でもいいのにと思っていたら私が近づいてきたから驚いたと後で教えてくれた。
「君は俺が怖くないのか、こんなのだぞ」
こんなと言いながら黒く彩られた手を見せてくるハリエット。
「私は強い人が好きなの、あなた、強いのでしょう? この王城で帯剣を許されるほどの実力があるということは、近衛騎士ぐらいには強いのでしょう?」
「うーん・・・近衛騎士は対人戦闘の達人集団だし、俺は対魔物戦闘以外はからっきしだぞ」
人間と魔物では戦い方が違うと知ったのもその時だった。
「いいの。普通の男はつまらないわ」
「ふうん」
最初に興味を持ったきっかけは、彼の瞳だった。どこか遠くを見ていた瞳に映ってみたかった。次に興味を持ったきっかけは、私と話すとき緊張したように、わずかに眉を寄せて肩を強張らせたときだった。ちょっとかわいかった。
この人はこんな小さな女に緊張するのだ。
きっと私だけが、この会場で知っている。
目に痛いほどの青空が私たちを見下ろしていた春のことだった。




