ハスキーボイスのお姉さん
「・・・何をしに来た」
ハスキーボイスのお姉さんが初めて表情を曇らせた。本当に理解不能って顔をしている。
「自分でもよくわかりません。とりあえず、王族に捕まりたくないのでご協力を賜れますと幸いです」
「なぜ」
「貴族は困っている平民を助ける義務があります。また、主君が間違っていたら止めるのも臣下の役目ですので」
「だから助けてもらえて当然ですって?」
おかしいな、何故か場がどんどん凍っていくような・・・
「あなた、不敬よ」
「別に皆さまが助けてくれるなんて期待しているのは、大旦那さまたちだけです。あなたたちは、わたしが街の人に石を投げられても助けてくれません。王族に逆らう勇気なんてもっているはずがない。期待なんてないですが、助けてくれたらいいなーって感じです!」
無理なら国外逃亡一択で。
胸を張って言えば、口の悪い男がまた言葉をはさんできた。
「だから、無い胸を張るんじゃねえ!」
「お嬢さんのささやかな存在が可愛いんだからいいんだよ!」
「意味が分からねえよ!? あんた、変態かよ! あいつの何なんだ!」
「俺は未来のお婿さんだ!」
ネッド、他の黒服があなたの背後を狙っているから気をつけなさい。
「あの男は、あなたの恋人なの?」
「いいえ、ペット・・間違えました。護衛です!」
うっかり言い間違えただけなのに、そんな気味の悪いものをみるような目で見ないでください。
「趣味が悪いわね」
「彼は有能ですよ。強いし、知識豊富だし、わたしのために死んでくれるし。ほら、めちゃくちゃ便利」
「趣味が悪いわ」
繰り返さないでください。自分でも言っててなんだかなって思ったんだから。
お姉さんはすっと武器を下ろした。
「弱いものをいたぶる趣味はない。あなたの相手はあっちに任せるわ。ついてきなさい」
さっさと踵を返して歩き出したお姉さんについていくと、心配そうに見やる黒服たち。
だいじょうぶよ、と小さく呟いた。
恐らくだが、嘘はつかないだろう。なんとなくそう思った。
まるでお姉さんとわたしだけが世界に取り残されように静かに歩き、屋敷の中に招き入れられた。
ベルノーラのお屋敷にはこれでもかとキラキラ輝く窓がはめ込まれている。硝子の窓は財の象徴だ。初めて街に来た人たちはベルノーラ家を伯爵家と勘違いするらしい。
さもありなん。実物を見てしまったわたしだって、未だに信じられない。
大きな傷が入った玄関ホール。季節の花など一切なく、カーテンは何年も買い替えていないのだろう。貴族の屋敷では現在、レースのカーテンが流行っているが、この屋敷のカーテンは全て重厚な印象だ。色も暗めのグリーンで、屋敷の人の心を更に重くさせそうだ。
階段や廊下にも小さな傷がたくさんついている。カーペットは一部張りなおしているのか色が違う個所が目立った。
夜に来たら間違いなく幽霊屋敷だと思うだろう。
「屋敷内にも魔物が侵入したんですか」
「あれは父がやったのよ。兄さんたちが死んでから、時々壊れるの。手当たり次第に物にあたるから、壊れやすい陶器やガラスは置かないことにしたの。全部壊されてしまうから」
何それ怖い。
「外から、窓がある部屋が見えました。あそこにいたのは」
「うちの母。あの人の前では暴れないから」
伯爵夫人、窓の傍に立っていた金髪美人。この屋敷の中で最も安全な場所にいるというその人は、十四の頃に嫁いできたらしい。たくさん子どもを産むことが条件で嫁いでいるので、以前の身分は子爵家だったそうだ。本来ならば子爵家と伯爵家が婚姻を結ぶことは極めてまれで、社交界では一時期噂になったとか。
生贄の花嫁として歌劇にもなったその人は、低い身分とは裏腹に美しい容姿をしていた。それがまた悲劇の姫君っぽくて受けたのだとか。実家に借金があったのも物語性があったようだ。
本来ならば同情に値する状況だが、真実は違うとお姉さんは言った。
「借金があったのも本当、美人なのも本当、でも、性格はお姫様なんて柄じゃないわ」
そんなか弱い人が、自分の子どもが死ぬとわかっていてここにいられるはずがない。
「先に惚れたのは母のほうだったのよ。あの人は強い人が好きなの。弱い人とは話もしないわ」
だから覚悟しなさい。と彼女は言った。
「私たちから協力を取り付けたいのならば、母を攻略することね。そうすれば父は動くわ」
それが何よりも最短で、そしてどの方法よりも難しいけれど、と言葉を続けたのだった。




