星祭の日 sideシシリー
あの夜から一月が経った。
トトリの店での一件は、多くの人が知っているらしい。
私は幼い少女を深く傷つけてしまったことに後悔していた。
もし許してもらえるなら、またあの二人が店に来てくれますように。
星祭の夜には願いが叶うという。でも私は、もう彼に嫌われてしまったのだろう。街で会うことも、店に来てくれることもない。繋がりがなくなってしまった。
お使い帰りにぼうっと空を見上げていたら、ふと黒い色が近くを通った。
あの日は隠していた黒い髪。黒い瞳。
見慣れない、育ちの良さそうな少年と手を繋いで市場を歩いている。
子ども用のメイド服に近い何かを着て、静かに笑みを浮かべている。少年はしきりに声をかけているが、彼女の反応はあまりないようだった。
道行く人が彼等に注視している。中には憎々しげに少女を見ている人もいた。
いけない、まだ早い。そんな言葉を思い浮かべる。
「なんだいあんた! 気色の悪い化け物がっ、さっさとこの街から出ておいき!」
「やめろ! 何をする!」
突然おばあさんが砂を投げつけた。同行していた少年が怒鳴ると、おばあさんは慌ててどこかへ行ってしまった。
「大丈夫か、リーナ? どこか痛くはないか?」
「・・・だいじょうぶ、ありがとう。アレク。慣れているから、大丈夫よ」
「慣れて・・・? あんな扱いを? リーナ、それは駄目だ。こんなの酷いよ。こんなことに慣れちゃいけない。君はもっと、君を大事にして」
少年はまるで自分の事のように悲しんでいるようだった。それもそうだろう、私だって見ていて辛い。何人もが足をとめて幼い二人を見ている。
それでもリーナは、とても静かな目をしていた。
「うん、ありがとう」
きっとこういうのは初めてじゃない。噂では色々聞いていたけれど、本当になんて酷い扱いだろう。まだあんなにも小さいのに。
「もう、帰ろう」
「でも、まだお父さんのプレゼントを買っていないの。つきあってくれるって、言ったでしょう?」
「でも・・・・・わかった、付き合うよ」
何か言いたそうだったけど、少年は仕方なさそうに頷いた。代わりに、必要以上に周りを警戒しているような気もして、こちらまで緊張する。
「次は、必ず私が守るからね」
「うん、ありがとう」
同じ言葉を繰り返すと、少女はまた微笑んだ。
でもその微笑みはどこか儚くて、いつか壊れしまいそうにみえた。
だからだろうか、私は必死に彼女を追いかけて、そしてあと一歩というところまで手を伸ばしてしまったのは。
「リーナっ」
「そこまでです。どなたかは存じ上げませんが、うちのリーナに手出ししたらその命、私が貰い受けます」
まるでリーナに向けるときとは別人のように恐ろしい顔をして、少年が私に短剣を突き付けていた。
「ひっ」
「アレク、わたしの知り合いなの」
アレクと呼ばれた少年はしばらく私とリーナを交互に見て、それから嘆息した。
「・・・申し訳ありませんでした」
「ううん、ありがとうアレク。シシリーさん、こんにちは、ご無沙汰しております」
リーナは、あの日のように静かに微笑んでいた。
「あ。あの、リーナ、さっきのおばあさん、大丈夫だった? どこかに怪我はない? 怖かったでしょう?」
私は矢継ぎ早に聞いて、それからアレクと呼ばれた少年がわずかに体をずらして私たちの間に入ったことに驚いて足を止めた。これ以上は進むなと言いたいのだろう。
「はい、ありがとうございます。大丈夫です」
「あの、私、止められなくて・・・」
「いいんです。わたし、平気です」
平気なわけない。もし私が同じ目にあったらきっと、もう二度と街を歩けないくらい傷つく。
「ごめんなさい、あの夜のことも・・ずっと、ずっと謝りたくてっ」
「・・・驚かせてしまったのは、わたしです」
「違うの! あなたは悪くないのに、あたしが・・・あなたをたくさん、傷付けたの」
年甲斐もなく人前で、それもこんな子どもの前で涙があふれた。
視界の隅で先ほどの少年が冷たい顔をしている。
そうだ。こんな反応をされるのは当然だ。あたしだって、さっきのおばあさんと違わない。同じことをしたようなものだ。
こんなにちいさな子をたくさん傷付けた。
「ごめんなさい、リーナ・・ほんとうに、ごめんなさい」
何度も、何度でも言葉を重ねた。
リーナはしばらくそんな私を見ていたようだったけど、ふいに目の前からいなくなった。
ああ、これが当たり前の反応だ。
許せるはずがない。こんな酷い女、私がされた側だったら関わりたくもないだろう。
あふれる涙がとめられずにいたら、ふいに先ほどの少年がまた口を開いた。
「勝手にいなくならないで。危ないだろう?」
「お花を買ってきたの」
リーナの声が頭上から聞こえて、ついで頭に違和感を覚えた。そっと手を伸ばすと見慣れない愛らしい花がさしてあった。
「シシリーさん。謝ってくれて、ありがとう。でもどうか、もう気にしないで。それに今日はホシマツリだよ。ね? 笑って?」
リーナは、優しい笑みを浮かべてそこにいた。
「リーナ・・・」
「今日は、お店はやっていますか?」
「う、うん、夕方から開けるよ」
「じゃあ、お父さんといっしょにいきますね」
うそ。だって、あの人は私を嫌いになったはずだもの・・・
「シシリーさん。ホシマツリの夜は、お願いが叶うのよ」
あ、この子はあたしの気持ちを知ってる?
「いいのかい?」
「うん。おいしいごはん、楽しみにしています」
リーナはそう言って、手を振って去って行った。




