領主一族
ふと視線を感じて遠くを見ると、少し離れた場所に一人の金髪の美女。すけるような白い肌にタトゥーはないが、痛いほどの視線を嫌でも感じた。
まるで城塞に囚われているように、ただ一人だけ硝子の先にいた。
伯爵家が所有するとは思えないほどボロボロの屋敷は幾度も傷つけられた跡があった。何度も塗りなおした壁は黒ずんでおり、貴族の庭とは到底思えない庭園は、まだ小さな植木が目立った。
外部を拒絶しているような高い壁に囲まれた屋敷。乗り越えられないように上のほうは尖っているが、それは人間を排除しているのか、魔物を排除するためなのか判断出来ないほどこの場の空気は殺伐としていた。
「やあ、元気かい? わが友よ」
大旦那さまは大げさに手を広げ、そしてうやうやしく一礼した。
「伯爵、今日はうちの可愛いお嬢さんを連れてきたんだ。その物騒な獲物を下ろしてくれないか、怖がってしまう」
言いながら剣を構えるあなたはなんなんだ。
「弱き者が何用か」
しわがれた声。とても大旦那さまと同じ年頃の男性とは思えないほど老けて見えたが、その声はとても落ち着ていて敵意があるようには見えなかった。
そう、敵意はない。この場の誰もわたしに敵意や害意を持っていない。それはわかる。
わたしはこの街で、多くの目にさらされていた。ただただこいつは何者かと警戒するだけの視線はほぼなかった。
大旦那さまが口を開く前に、わたしは一歩前に出た。
もっとも美しく見えるよう計算した完璧な淑女の礼。
目上の者にするための、深いそれ。
しばらく誰も動かなかったが、しびれを切らしたのは相手のほうだった。
「子どもが何の用だ」
「お初にお目にかかります。伯爵さま。ご子息さま方、ご息女さま。わたくしはリーナ。本日はお時間をいただきましてありがとう存じます」
身分が下の者は相手から声を掛けられるまで口を開いてはいけない。大丈夫、ひとまずちゃんとルールは守った。
貴族として、この人はきっとわたしを追い返さない。
「わたくしはこの街に暮らすようになり、早数年経ちました」
「スタンピード後に逃げ出したくせに、住んでいると申すか」
「税は収めておりますれば、わたくしはまだ、この街のものですわ」
稼いだ分はちゃんと収めてるよ!
そろそろ新作をってせっつかれて泣きそうだけどね!
「して、何用か」
「わたくし、困っておりますの。伯爵さまたちに、お知恵をいただきたいのですわ」
トン、と音がしたので足元を見る。
おお、すごい技量だ、あと数センチずれていたら、私の足には大穴が開いていただろう。一本の矢の太い事。特注品なのだろう。
「不思議でございます」
「・・・何がだ」
こてんと首をかしげると、更に警戒を強めた伯爵が問う。
「武器を持たぬ民草に矢を射かけるというのは、貴族としての教示をお捨てかしら?」
場が凍ったのが分かったが、こっちだってこれだけコケにされて帰るわけにはいかないのだ。ちょっとネッド、後ろでガッツポーズしないで!
「わたくし、皆さまとお話がしたいだけですわ。それとも、皆さまも知恵を持たぬ一部の民草のようにわたくしを魔物扱いなさるのかしら?」
微笑めば、何故か斧を抱えた男がふぼっと噴出した。
先ほどまで人形のように立っていたくせに、今ではわたしを指さしてケラケラ笑っている。
「まあ、どうしましょう大旦那さま。訪ねるお屋敷を間違えてしまいましたわ」
「大丈夫、気にしないで。彼は昔から浅慮なんだ。集中力も長くはもたないから今回のスタンピードでも表に出してもらえなかったんだよ。信じられないよね」
わりと大声で言い合えば、笑っていた斧の男が怒ったように怒鳴ってきた。
「悪口言ってるな! 聞こえているぞ!」
「やはり違うお屋敷ですわ。貴族の子息がこんなにも口が悪いなんて信じられません。人を指さすなんて、今時小さな子どもでもいたしませんわ。きっと偽物です」
「誰が偽物だ!」
「まあ、恐ろしいわ。なんてお口の悪い方かしら」
「お前の後ろのオッサンのほうが性格わりぃの知らねえのかよ!?」
知ってますがな。
「大旦那さまは良いのです」
「なんでだよ!?」
ふん、と胸を張るわたしに男が叫んだ。
「このペチャパイ! 胸張ってもちっせえ山だな!」
ゆらりと、ネッドが揺れたと思うと音もなく走り出した。




