馬車ってこんなに硬質だったっけ?
街の中心部から結構離れた、かなり森に近い場所に陣取っている領主一族は、滅多に人前に姿を現さないことで有名だった。
伯爵としての位を持っているが、基本的に領地からは出ず、王都に赴くこともほぼない。
行ったところでその様相から忌避されること間違いなしだ。
現伯爵には五人の子どもがいたが、現在は三人まで減っている。前伯爵の兄弟たちもほぼ同じ理由で死んでいった。
伯爵夫人は何度も心折れる経験をし、それでも領民のため日々尽くしてきた。
ベルノーラ商会の現会長と伯爵は幼馴染であった。
しかし、息子を二人もなくした彼は、次第に心を病んでしまったらしい。
少し前に起こったスタンピードでは奇跡的に被害が小さかったものの、その絶望は図り切れない。
「どうして皆さまに忌避されるのですか?」
「まあ、会えばわかるよ」
穏やかに笑いながら刀剣を磨く大旦那さま。ギャップが凄い。
普段は木造の馬車に乗るが、今日は鋼鉄の馬車・・・というかこれ、犯罪者を運ぶためのやつじゃなかったかしら?
おしゃれな飾りもなければ、ふかふかのクッションは自前だ。絶対にいるからと渡されて受け取った数十分前の私、偉い。
奥さまはまさかの馬で追走している。もともと乗馬が趣味だそうだ。おかげで街の人たちからの視線を独占してくれている。黒服たちの姿はないから、もしかして隠れて走っているのかもしれない。
「どうして鋼鉄の馬車なのですか?」
「これなら矢は通らないからね」
安全のために、うちの親はお留守番。まだ身体が十分元気になっていないしね。とりあえず本命はわたしらしいから、まあいいんだけど。
外を馬で追走してくるのは奥さまだけじゃなかった。一日ぶりのネッドの顔には大きな痣。どれだけ殴られたのか痛々しい傷ができていた。
「ネッドを開放してまで?」
「彼だけが悪いわけじゃないけど、見せしめは必要だからね」
それはつまり、わたしにも悪い点があったと言いたいのだろうか。
「わたし、お約束は守りました」
「そうだね。その結果、ネッドまで危険にさらしたね。あの子はまだうちの大事な子なのに」
背中をひやりとするものが走る。穏やかだからと言って、怒っていないわけじゃないんだ。むしろ今回の件、きっとかなり迷惑をかけている。
「申し訳ございません」
「まあ、子どもらしい失敗だ。いいじゃないか」
どの口が言うのか・・・
「もうそろそろつきそうですか?」
「ネッドからプロポーズを受けたんだって?」
強引に会話を切り替えたくても、大旦那さまは許してくれない。
「わかりません。わたし、まだ子どもですから」
「都合がいいね」
「大旦那さまがそうおっしゃられました」
ふふ、と軽やかに笑い、まるで及第点だと褒めるようにわたしの頭をポンポンした。
「でも帰ったら医者の診察は受けてもらうからね。まさかその体で彼を受け入れてはいないだろうけれど」
「大旦那さま」
はいアウトー。それ完全セクハラやぞ。
「帰ったら奥さまにご報告いたします」
「え!? ちょっと、冗談だよね?!」
「女性を辱めた罰です」
「君本当に都合がいいね!?」
知るか。
そんな会話をしていたら、ふいに馬車が揺れた。二人きりの馬車の中、とっさに大旦那さまがわたしの体を支えてくれる。
「始まったね」
「今の揺れは?」
わたしの質問に、彼は獲物を前にした獣のように舌なめずりをした。
全身に刻み込まれたタトゥーの数は、数え切れない。顔にも、耳にも、喉にも、指先に至るまで黒いタトゥーが彫られていた。
スタンピードで死んだとしても体の一部でも残れば、本人確認できるように、生まれてすぐに刻むのだそうだ。
そこに男女の差はなく、女児であろうと全身に入れる。
全員異なる模様にするらしい。そうすれば複数が同時に死んでも判断できるから。
だからこそ、見慣れなければ異様な存在だった。
赤茶色の髪は焼け焦げた大地を思わし、うつろな暗い濃茶の瞳はどこを見ているのかはわからない。
そんな人間が四人、わたしたちの前に立ちふさがったのは、馬車を降りてすぐのことだった。




