わたしの義妹
「リーナ、ちゃんと食べていたのか?」
風呂に入って、軽くてふわふわのワンピースに着替えて、それからダイニングに案内された。
長旅の途中に日焼けしたり小さなすり傷を作ったせいでメイドたちに泣かれながら洗われ、何故かぴったりサイズの部屋着を渡されたときは、なぜ知っているのかと不思議に思ったものだ。
それよりも今は目の前の夕食に心を奪われてしまった。
焼きたての柔らかなパンの香りと、ほんのり甘くて胃に優しいミルクスープ。たっぷり野菜が入っていて、バターが使われているので食べ応えもある。少し胡椒を聞かせてくれているけれど、胡椒なんて高級品だ。
しかもこの街ではめったに手に入らない海の魚を使ったフライまであった。
なんて贅沢な夕食だろう。下品に見えない程度に急いで平らげていく。冷めてしまってはもったいないのだ。
家族水入らずでとのことで、大旦那さまたちはいないが、家令やメイドはそのまま給仕についてくれた。
「食事はちゃんととったよ。雪の多いところに行ったけど、スープが美味しかった。でも美味しくてもカエルの姿焼きはもう嫌かな。せめて刻んで姿が分からないようにして欲しい。王都では美味しいお菓子も食べたよ」
でもこの屋敷のお茶はどこよりも美味しいと言えば、メイドたちがニコニコと嬉しそうに笑う。
「シシリー、ちゃんと食べてたの? 小さくなったんじゃないの?」
「誰のせいだい! 心配したんだよ!」
怒ったり泣いたりしてお腹がすいたらしい彼女は、重湯をゆっくりといただいていた。
これでも十分周りを驚かせたらしい。明日はパンがゆにしましょうねとメイドの一人が涙をぬぐう。
「可愛い子には旅をさせないとね。だからちょっと旅立っただけよ。帰ってきたでしょ」
「壮大すぎてびっくりしたよ!」
「行動力を褒めてちょうだい。あ、おとーさん、野菜もちゃんと全部食べてよ」
「う・・・ん。食べてるぞ」
ピーマンぽい味が苦手らしく、以前からこっそり鍋にもどしたり、食べようか食べまいか悩んでフォークで刺したりする癖は変わらないらしい。
「ところで、いい加減その子の名前ぐらい教えてくれてもいいと思うの」
食後のお茶を頂きながら、ずっと気になっていたことを告げると、二人が同時に見つめ合って、なにやら譲り合うような気配。
いいからハッキリしなさいよ。
「この子は、ネラ。光を意味する言葉をつけた。どれだけ苦しくても輝く場所へいけるように。お前を、照らす妹だ」
うん? わたしを照らすの? 本人じゃないの?
「お前がいなくなったのは、俺たちが不甲斐ないからだ。守れなかった。何もしてやれなかった。だからお前は俺を、シシリーを信じられなかったのだろう」
あの状況で信じ続けられるのって、本当の家族でも難しい気がするわ。
「逃げたのはわたしが弱いからよ。誰かのせいなら、わたしのせい。そんなことはともかく、わたしは一人でも輝けるわ。その子のことを一番に考えてあげなきゃ可哀想よ」
「お前もネラも俺たちの子だ。順番なんて関係ないだろう」
なんかいいこと言ってる風だけど、ダメだと思う。
「ダメに決まっているわ。赤ちゃんなのよ?」
「お前が居てくれれば問題ないだろう」
そう言うと、食後のお茶を楽しんでいたわたしにネラを押し付けた。
まだまだ赤ちゃんに慣れていないわたしでは、受け取るだけでも精一杯だというのに。
ネラはまたしてもわたしの顔を不思議そうにじいっと見つめてくる。
あまり泣かない子でよかった。
こちらもじいっと見ていると、メイドの一人が小さな声で呟いた。
「ネラさんが泣かないなんて・・やはりお姉さまなのですね」
そういえば大旦那さま相手にギャン泣きしていたような・・・
いや、この義妹はわたしを不思議生物だと思っているのかもしれない。
「もう、しょうがないわね。おとーさんじゃあどこかに落としてしまいそうだもの。シシリーもはやくしっかりしてね」
「わかってるよ!」
ネラはその後しばらくわたしの腕の中にいたが、腕がぷるぷるしてくるとメイドたちが変わってくれた。
ギャン泣きだった。
久々の家族水入らずの夜は、シシリーが子守唄を歌おうとして熱で倒れ、それを心配してオロオロするクマにイラっとしてベッドに押し込め、ネラは赤ちゃんベッドで熟睡し、わたしはシシリーの隣に横になった。
骨と皮だけになってしまったシシリーが夜中わたしを何度も抱きしめては涙を流し、熱すぎる体温に申し訳なさと切なさを覚えた。
長い、とても長い一日が終わったと目を閉じた次の瞬間は、もう朝だった。




