怒るときは怒ります sideフレスカ
小さな彼女が夜中に出て行って、日に日に胸が苦しくなった。
彼女を見守りたくて、見守るつもりでいたくせに何もできなかった。
心を凍らせた彼女に優しい言葉をかけることもできなかった。
ギルマスも、他のギルド職員も、スタンピードの事後処理でいっぱいいっぱいだった。
でも全部言い訳だ。
彼女がどれほど傷ついたのか、あの夜までちゃんと理解できていなかった。
時間が解決してくれる。安全な場所にいるのだから大丈夫だ。冷静な判断ができる子で、大人よりもしっかりしているから心配ない。
そんな子どもが存在するわけがないのに。
「こんにちは、フレスカさん。ご無沙汰しております」
少し背が伸びたようだった。わずかに日焼けした肌。髪がぼさぼさなのはギルマスのせいか、それともちゃんと栄養を取っていないのか。
いや、森を抜けてきたのだから疲れているはずだ。
「とりあえず、ギルドの希望は理解しました。でもわたしは冒険者ではありません。まずは家族との時間を優先したいので、お屋敷に戻ってもよろしいでしょうか?」
淡々と話す姿は、初対面の時を思い出した。
あの時だって彼女は淡々と話した。でも本当は泣いていることも気付かないくらいボロボロだったのだ。
「お屋敷には連絡済みです。すぐに迎えが来るはずです。この馬鹿・・・失礼、この人は少々急用ができましたので、うちの職員を派遣しましょう。お茶が済みましたら出口までご案内いたします」
優しい言葉。いつもなら考えるまでもなく言える言葉の数々が、今は全く出てこなくて。
言いながら業務連絡みたいだなって思った。
彼女は興味がなさそうな顔で頷いて、静かにお茶を口に含む。
あのお茶、ギルドの安いやつじゃないか?
こんなことなら、わがままばかりの冒険者どもをさっさと黙られて仕事を終えておけば良かった。孤児院に因縁付けて暴れたのが、以前担当した奴だったから仕方なく出向いたけれど、他の職員に任せればよかった。
「フレスカさん」
「はい」
まっすぐな瞳を見ていられなくてギルマスに関節技を決めれば、下からくぐもった声が聞こえたけれど無視した。
「そんなところで遊んでいないで、お仕事に戻らなくてよろしいのですか?」
「いえ、これは・・・悪いことは悪いって体に覚えさせないといけませんから」
何だろう、彼女がわずかに目線を泳がせた。こんな彼女を見るのは久々で、胸が熱くなる。
ずっと心配だったんだ。連絡ももらえなくて、最後があれだったから仕方がないけれど、本当に心配だったんだ。
「フレスカさん」
「はい」
彼女はわずかに迷ったように天井に目をやり、そして何かにを決意したような顔で小さく頷いた。
「ええと・・・ただいま、です。もう、頭を撫でてはくれないんですね」
何かを諦めたような顔で呟くので、とっさにギルマスから手を離して彼女に駆け寄った。
ゴンっと変な音がしたが振り向かなくていいよね。
「おかえりなさい、リーナさん」
ぎゅうっと抱きしめれば、一瞬体を固めた彼女は、それでもホッとしたように小さな息を吐きだした。




