不思議な少女 sideラティーフ
リーナと名乗った少女を拾ったのは無限の森と呼ばれる魔の森だった。
慣れた冒険者でも命の危険がある森はとても広大で、決して一人で行動することのない場所だった。毎年何十人という冒険者が命を落とす場所だ。
あの日は雨が降り出した。俺達冒険者にとって、無限の森での雨は命にかかわる危険な状況を作りやすい。雨が魔物の気配を消すからだ。
水辺を探して見つけた瞬間だった。
見たこともないような美しい少女がいた。
抜ける様な白い肌。艶めく黒髪。大きな黒い瞳は俺達をじっと見上げていた。
黒い髪と黒い瞳は魔物と同じだったが、害意も殺意すらも感じなかった。
「こんな小さな子供を、こんな森の中に置いて行くなんて・・・・」
思わず呟いて上着をかけてやると、ただでさえ大きな瞳が更に大きくなった。
わずかに震えた肩に本人は気付いているだろうか。
「・・・出口、わかるか?」
「ううん、わからない」
「お前、親は?」
「いない」
「名は?」
「リーナ」
たどたどしい口調で、それでもリーナは一生懸命俺を見上げていた。
「そうか、リーナ。俺達はこの森を抜けるつもりだ。一緒にくるか?」
その言葉は自然と出ていた。
嬉しげに笑った少女が、とても可愛くて、とても、痛々しかった。
リーナが持っていたのは、古くて硬くなった黒パンとわずかな干し肉。この量なら大人は一日と持たない。なんてむごいことをするのだろうか。
リーナの手足には真新しい擦り傷が多かった。ここ最近できたものだ。逆に言えば最近までなかったものだ。
すっと伸びた背筋、物おじしない視線。美しい容姿は貴族の出だろうか。だが親はいないといった。それなら・・・いや、考えるのはよそう。
俺は仲間とともに街に帰ることにした。その途中、何度か同じように雨がふった。
夜はリーナを抱きしめて眠った。
最低限の常識すら知らない幼い子。あどけない表情の下に時折表れる緊張を隠した気配。俺に、俺達に完全に気を許したわけではないのだろう。普通の子供じゃないことは明らかだ。
ベゲートに戻り、真っ先にギルドに向かった。
森で人や物を拾った時はすぐにギルドに届けなければならないからだ。
ギルドのドアを開けてリーナが入った瞬間、何人かが武器を抜こうとした。目で制して止めさせた。大丈夫だ、こいつは人間だ。そう伝えた。
だが、何人かは信じず敵を見る様な目でリーナを見ていた。
ギルドの職員が質問を重ねていく。最終的に問題ない相手だとされたが、俺はどうしても孤児院に預ける気にはならなかった。
リーナは質問を受ける最中、とても静かな目をしていた。
小さな体を椅子に押し付けて、淡々と話していく姿に不安を覚えた。
リーナと一緒に過ごした二十日間。こいつはもっと感情豊かな子供だ。そのはずなのに、どうして今はそんな何もかもを悟ったような目で座っていやがる。
たまらず、リーナの手を握った。
「リーナ、お前、俺の所にくるか? 男所帯でたいしたもんはない。だが孤児院よりはましだし、俺がお前を守ってやる」
リーナは驚いたように目を見開いて、そしてぐしゃっと顔をゆがめ、ぽろぽろと泣き出した。
なんて静かに泣くのだろうか、もしかして自分が泣いていることにも気づいていないのかもしれない。
ああそうか、お前不安だったんだな。そりゃそうだよな。
「こい、リーナ。俺がお前の家族になってやる」
俺の、家族になってくれ。
心からそう願って伝えた言葉に、リーナは何度も頷いた。
その頃には誰もが武器から手を離して俺達を静かに見守っていた。