森の中は歩きです
ユーゴたちと別れたわたしたちは、スヴェン、ネッド、フェリコス、アレグリの五人で森に入った。
「ネッド、久しぶり」
スヴェンが淡々と言うが、目は楽しそうに輝いている。なんかこの人、ネッドで遊ぶの好きよね。
「うるさい、話しかけるな。俺は今お嬢さんを堪能してるんだ。ようやく会えたんだぞ。この数日、口うるさい小娘の面倒を見て俺の心は消耗している」
きっと、その口うるさいお嬢さんはもっと心が疲弊したことだろう。
「あんまりうるさい感じのガキじゃなかったと思うけど?」
「何を言うか、俺が髪を結おうとすれば気色悪いと文句を言われ、俺がエスコートをすれば触るなと嫌がられ、俺が飯を食わそうとすれば自分で食べると、いちいち拒否しやがる」
フェリコスがうわーって顔でネッドを見るが、彼は気付かない。
「お嬢さんは許してくれるのに」
「リーナ、お前がこんな変態を作ったのか」
アレグリ、失礼なことを言わないでほしい。彼はもともと変態だわ。
「ネッドは割と気色悪い男だからたいていの女の子は無理だよ」
「なんだと? こんな俺でもお嬢さんはプロポーズを受けてくれるぞ」
まだ受け入れてないから、そんな信じられないものを見るような目で見ないでほしい。とくにフェリコス!
「お前さん、子どもが好きなのか?」
「お嬢さんは立派な淑女だろう」
なるほどと、なぜか納得するアレグリがフェリコスに殴られたけど気にしない。
「でもネッド、この国ではリーナはまだ嫁になれないだろう? 俺の国でもあと数年は待つ必要があるんだが」
「大丈夫。抜け道はあるし、俺は忍耐強い男だ。何年でも待てるさ。とりあえずアレクセイが戻ってくるまでに既成事実があればいいんだからな。十年ほど余裕があるし、なんとかなる」
森に入って三十分。
フェリコスが本気で切れてネッドに飛び掛かったために、私たちの旅は遅れていく・・・
「もう、ネッドも少し落ち着きなさい」
「落ち着いていますよ。でもお嬢さん不足なんです、俺は悪くない」
ずるずると変な音が響いているのは、足首を縄で縛られたままスヴェンに運ばれるネッドの背中がこすれる音だ。痛くないのだろうか・・・
「ネッド、普通の人はあなたが困った人だって知らないんだから、びっくりしちゃうわ」
「だいたい何なんですか、その白いの。俺のことは数日も放置したくせに、その首元の白い獣! ちょっとお嬢さんに馴れ馴れしいんじゃないですか、うらやましい!」
こいつの変態発言に磨きがかかったように思うのはわたしだけかしら?
数日とはいえ離れていたから?
「ネッドってこんな気持ち悪いやつだっけ? うざいのは前からだけど」
重みを感じさせない軽い足取りで進んでいくスヴェンに感心していると、アレグリが笑いながら言った。
「まあどうでもいいが、お前さん、ラティーフの前でおんなじこと言ったら、絶対結婚許してもらえないぞ?」
ネッドはこのあと数時間黙り込んだ。
そんなこんなでしばらく進み、夜がきて、朝がきての繰り返し。
森に入って十日ほどが経った。
「いやー。前にリーナと歩いた時も思ったが、ほんとに魔物が出ないな! 楽でいい!」
がははっと大きな口を開けて笑うアレグリ。
「だなあ。普通なら子ども連れて入れる場所じゃないもんな。いやー、良かった。あと少しで街につくぞー」
フェリコスも穏やかに笑う。
「もう少しで任務完了だね。ベルノーラ商会は金払いが良いから好きだよ」
何かの木の実をつぶしてお湯をかけて飲んでいるスヴェン。ほのかに珈琲のような香りがするのが気になるわ。後で教えてもらったけど、黒豆のようなものだったらしい。利尿作用がないので森では重宝するのだとか。
「お嬢さん、明日には森を抜けられます。今日は水辺を探して水浴びをしましょう。俺が護衛するから大丈夫ですよ」
「安心しとけ、リーナ。こいつは俺が見張っとく」
フェリコスが怖い顔をしていった。どうやら彼の中でネッドの印象は良くないようだ。
「そうね、いっぱい歩いて足も痛いし、今夜は早めに休む準備をしましょう」
魔物は出ないが、代わりにウサギや猪に似た生き物はたくさん出てきたので、食べ物に困ることはなかった。スヴェンが薬草や木の実に詳しいことも幸いした。
ネッドのせいで遅れるかと思ったけれど、わたしたちは当初の予定よりも早く森を抜け、祈りの意味を持つゲベートに戻ってきた。




