こうでなくては sideユーゴ
私の家は代々商いをしている。父の代で店はつぶれたがベルノーラ商会に拾ってもらい、家族を養うことができた。旦那様たちは私の年老いた父も経理として雇ってくれ、息子や嫁も雇ってくれた。
六人もの息子に恵まれたが、どうしたものか乱暴者ばかり。
本当は仲がいいくせに、喧嘩が絶えないのだ。
ある日家に帰ると玄関横の窓が取り外され、近くにはガラスが散乱していた。ガラスなんて高価なものなのに!
ある日は二番目の息子に与えていた部屋の壁の一部に人一人が通れる穴が開いていた。こうすれば隣に部屋に行きやすいと言っていたが、隣部屋の三男はとにかく怒り狂った。
ある日は妻に頼まれた買い物に行こうとして厩をのぞいたら、一頭足りずどうしたのかと探していたら息子たちが食っていた。腹が減ったので殺したらしい。なんて野蛮な。
家の壁は壊しまくり、好みの女性がいたらしつこく口説き、勝手に家畜を食べ、説教の最中から次の喧嘩が始まる。
汗臭く血なまぐさく、可愛い要素なんて皆無の息子に、私も妻も辟易していた。
唯一、何をされても穏やかに笑う六男に家を継がせようと商会に入れてもらったが、この六男は熟女が好きという変わり者だ。お客さんも若い女性よりも未亡人や熟女が嬉しいらしく、将来が心配すぎる。
まさか私より十も年上の女性の下着の色を聞く変態に育っていたなんて知りたくなかった。私はどこで子育てを間違えたのだろうか。
まあ、その趣向のおかげで今回の旅に同行させることができたのだが。
ベルノーラ商会の中でも特に大事に扱われる少女、リーナ殿。わずか十一という年齢でベルノーラ商会に大いに貢献している才女。
ゲベートの街はスタンピードの影響で黒を忌避する傾向があることは知っていたが、こんなに愛らしい少女までその対象にされるなんて。
しかも少し珍しい出自らしく、今回王族に目をつけられたために急いでゲベートに戻る途中なのだ。
最初の印象は、まるで妖精のような少女だと思った。
決して良い意味ではない。感情を持たぬ美しい生き物。子どもらしからぬ落ち着きと、一度も我儘を言わぬ我慢強さ。宿を取るときも一人暗い部屋に入っていく彼女の背中に、何度手を伸ばしそうになったことか。大人でも疲れる強行軍にも関わらず、常に涼しげな顔で前を向く様子に、彼女の育った環境が優しいものではなかったのだろうと察せられた。
私や妻は女の子どもを望んでいたが、ついにできなかった。
だがどうだろうか、我が子がこのように遠くを見てばかりで心を閉ざす様子を、親が耐えられるだろうか。
気持ちが塞ぎそうになりながら私たちはエタンセルまでたどり着いた。
この先は危険が付きまとう森。私たちはここでお別れだ。
あとは護衛が何とかするという話だった。
そして、初めて彼女の心が動く瞬間がやってきた。
壮年の二人組が親気に話しかけたとたん、色をのせていなかった瞳がきらりと輝いて、表情が明るくなった。雄弁に喜びをまとう黒い瞳に、ああ、大旦那様はこれが見たかったのかと思った。
やはり子供はこうでなくては。
そのあとすぐにもう一組やってきた。私たちとは別のルートで逃げていたネッド殿だ。
彼は穏やかな顔を浮かべているが、その視線が彼女から外れることはなかった。リーナ殿の身代わりを務めていた少女が呆れたように見上げているのにも気付かず。
「ネッド、その方は?」
「大旦那様が用意した身代わりです。ここまで黙ってついてきてくれましたよ」
ついてきたというよりは離してもらえなかったのではないか。
嫌そうにエスコートを受ける手をちらちら見ている。
「そう、怖かったでしょう。どうもありがとう、あなた、怪我はない?」
「はい、怪我はありません。しかしそろそろ手を離していただけますか。ネッドさん」
「そうですね、ご苦労様でした。もう帰っていいですよ」
この野郎、と呟いたのはきっと聞き間違いだろう。
「ネッド。わたしの代わりを務めてくださったのよ、そういうのは良くないわ。何かお礼をしたいのだけど」
少女はテラと名乗った。似ても似つかない地味な少女だが、勝気そうな緑の瞳が印象的だ。
「大丈夫です、臨時でお給金をたんまりいただきますから」
「そう・・・? ではこれも、持って行って。今あまり手持ちがないの。あとでちゃんと大旦那さまたちからお給金をいただいてね」
リーナ殿が自分の胸元から小さな財布を取り出し、そのまま渡してしまう。
「ありがとうございます!」
よほど嬉しいのか、思い切りネッド殿の腕を振り切って財布を受け取ると、早々に馬車に乗り込んでしまった。
「それでは我々も、ここで失礼いたします。お嬢さん、どうかご無事で」
「ユーゴさん、心から感謝します。危ないことをさせてごめんなさい。あなた方も、どうかご無事で」
淑女の礼を取り、彼女はネッド殿にエスコートを受けながら私たちに背を向けた。
ただの少女ではない。だからこそこれからも大変な目にあうかもしれない。
それでも彼女の行く先に幸多からんことを。




