夜が来た
王都へ出入りするための門はすでに閉まり、馬車が通ることはないだろう。
体力の乏しいわたしをつれての夜間の行動は控えると言われ、わたしとスヴェンはあえて少し森の奥に入った。
火を灯すと場所がバレる可能性があると言われて、いよいよ罪人にでもなった気分だ。
「スヴェン、国に帰ったの?」
「一度は帰ったよ。なんとか追い出されずに済んだ」
どんな故郷よ。
「スヴェンの国では、星祭りをお祝いするの?」
「うちの国でも一応イベントみたいになっているけれど、ここほどではないな。自分が狩ってきた獲物を見せ合って、一番大きいのを狩った人が優勝。って大会とか、そういうのの肉を使った料理が出店に並んだりとか。うちの姉は毎年常連でね、二年連続大熊を狩ってきて優勝したこともあるんだよ」
色んな意味で強そうなお姉さんだ。突っ込まないぞ。
「スヴェンはでないの?」
「動物なんて獲物はいらないかな。腹が減ったら狩ることもするけど、俺は切り刻むほうが好きだし」
今更ながら、この男でよかったのかと少し不安になる。
「それより寒くないか?」
「少し冷えてきたわね。火を使えないのが不便だわ」
「今夜だけだ。今日中にチェックポイントにたどり着かなかったら別動隊が動くことになってる。当初の予定を変更して合流するんだ。ほら、これを」
ごつごつした手が伸びてきて、何かと思いこちらも手を伸ばすと。そこには見慣れない生きもの。
「この白い丸いのはなに?」
「知らない。でもこいつ、あったかいぞ」
いや、どこからもってきたのよ!?
よく見るとそうとう怯えているのか、頭をお腹まで丸めている。微妙に狐っぽい耳が震えている。
「でも食っても旨くないから、そっちはお勧めしないんだ。こいつは臆病だから朝までこうしてるぞ」
初めてじゃないんかい。そして食べたのか!
「・・・ありがとう」
なんとかお礼を言って白い何かを撫でる。ずっと撫でていたら震えが収まったのか、呼吸も少し大きくなったようだ。上下に動く小さな獣が可愛い。
「干し肉いる?」
「持ってるわ」
自分のカバンから干し肉と水を出して、顎が壊れそうなほど固くて塩辛いそれを咀嚼していく。時々水を含まないと食べられない。
干し肉もお店によって味が違うので、子どもたちはたくさんの店を紹介してくれた。
ああじゃない、こっちがおすすめ、そこは高いがうまい。なんて言葉を交わしたのが数日前とは思えないほど鮮やかな思い出だ。
白い獣がちらっとわたしを見上げたので、口の中で柔らかくした肉を分けてやる。しばらくじっとわたしを見ていたが、おそるおそる手を伸ばして受け取った。
小さい前足からは伸びた爪が出ているが、わたしを攻撃するつもりはないようだ。一口かじると気に入ったのか、すぐに全部食べ切ってしまった。キラキラした黒い瞳がかわいい。
もう少しだけと思いながら追加を渡せば、それも食べきってしまう。
「お腹が空いていたのね、可哀想に。朝までここにいてくれる?」
「キュウ!」
おお、返事をした。
「可愛いわ」
「・・・まあいいか」
スヴェンが呆れたようにこちらを見たけれど、特に何か言われることもなかった。
白い獣は朝までわたしの腕の中で大人しくしていてくれて、とても暖かかった。
朝日が昇る前。一番寒い時間帯だが我慢してわたしたちは歩き出した。
白い獣はなぜかわたしの頭に乗って、ついてきてしまった。
スヴェンがまた呆れたようにわたしを見るが、何も言わないでくれた。
「街道から大きくずれるのは危ないが、街道にはおそらく見張りがいるはずだ。見張りといっても、配置できる場所は限られてるから、そこを注意すればいいだろう。あと目立つから一応フードをかぶっておいてくれ」
獣ごとフードをかぶると余計に変な格好になったが、スヴェンはため息をつくだけだった。
完全に日が上り、おそらく昼頃。
朝食は干し肉を食べながら歩いたが、そろそろ座りたいと思っていたところだった。
ある橋に差し掛かったところでスヴェンが足を止めた。
「この先に人の気配が多いな・・・手配したんだろう、簡易の関所ができてる」
関所なんてそうそう作れるものかしら?
「通れる?」
「王都へ向かう分には問題ないが、やはり出る馬車を見ているようだ。ちょっと待ってて」
スヴェンは素早く木々を伝って猿のように移動し、なにやら道具を取り出して耳にあてた。メガホンみたいな形のそれは、もしかして遠くの音を拾えるのかもしれない。
彼はすぐに戻ってくると、淡々とした口調で言った。
「祭りの準備中に暴れるヤツがいたらしくて、そいつが逃げているから王都から離れる人間を確認してるって話だ。探しているのは多分、君と君の犬」
・・・犬なんて飼っていたかしら?
「いぬ」
「ほら、狂犬いたじゃない」
まさかネッドのこと?
「どうしてネッドを探しているの?」
「突然姿を消したらしい」
もしかしてわたしのためにかく乱させてくれたのかしら?
「憲兵隊で殴り飛ばして意識を奪ったのに、一瞬の隙をついて逃げ出した異端者がいるって話だった」
「ネッド、怪我をしたの!?」
「いや、たぶん大げさに言ってるだけ。だいたいあの狂犬が簡単にやられるわけがない。あいつはかなりイカレてる」
さらっと毒を吐かれたけど、確かにネッドが憲兵隊にやられるとは思えない。もし本当に何かがあったとしても、憲兵隊もネッドに本気でかかるとは思えない。
きっとわざと逃がしてくれたんだ。
「でも、昨日の今日で関所なんて・・・ずいぶんと手回しがいいのね」
「昨日から用意していたようだ。君が王都を抜けだしたのはすぐに判明している」
まるでストーキングされてるみたいで気持ち悪い。
「今も探されているの?」
「うん。でも、君は大丈夫。とりあえずここに入って」
そう言って麻袋を持ち出して広げてみせたスヴェンに、まさかと思う。
「まさか、あなた、わたしをそれで運ぶ気じゃないでしょうね?」
スヴェンが、普段浮かべない笑みを浮かべて頷いた。




